これ以前にも保安装置の導入が検討されたことはあった。運輸省は2010年代初め、より安価なヨーロッパ式の自動列車停止装置「INDUSI」の導入検討を進め、一部区間の線路に地上設備を設置していた時期もある。しかし、車両を管理するKAIは機関車への設置スペースがないとして、機関車のメーカーであるGE(ゼネラル・エレクトリック)とともに、別の無線式移動閉塞システムの導入を検討していたという経緯もある。
つまり、KCI(通勤鉄道)、KAI(インドネシア鉄道)、そして運輸省が三者三様の提案をしてきたのが実情で、さらに予算確保の問題もあって議論は平行線をたどり、今日まで結果的に何も整備されないまま来てしまった。上下分離、そして複数のオペレーターの存在が裏目に出た格好だ。
実は、前述の「ジャカルタ首都圏鉄道輸送力増強プロジェクト(I)」の予算執行期限は今年2026年の6月に迫っている。プロジェクト継続か否かを日本とインドネシアの双方で決めなければならないというさなかの事故だった。
日本の安全性を今こそ生かすとき
最終的に保安装置を設置するかしないかの決定権はインドネシア側にある。しかし、保安装置の売り込みは、安全性向上とともに日本にとっては大きなチャンスでもある。
日本は規格ビジネスに弱いといわれ、日本の通勤電車をそのまま輸出しようとしても欧州規格などへの適合が求められ、大幅なコストアップを強いられているのが実情だ。日本メーカーの世界競争力強化には、信号や保安装置システムの規格丸ごとの売り込みが必須である。もっとも、高価で維持費もかかるATS-Pの必要があるのかは再検討すべきである。追突事故防止だけなら、もっと単純なATSでもかまわないはずだ。
おりしもこの4月には、中国の通信機器大手ファーウェイがKAIとの間で、5G公衆無線を活用した運行管理システム導入検討の覚書に調印した。KCIには2025年、中国製の新型車両が導入された。インドネシア政府は同線向けの輸入車両導入の原則禁止を決めたばかりだが、中国はさっそく先手を打ってきている。日本も悠長に構えている場合ではない。
日本政府が長年、開発援助などを通じて鉄道インフラ整備を支援してきたインドやミャンマー、タイ、バングラデシュ、ベトナムといった国々の鉄道路線網も、ほとんど保安装置がない。悲劇を繰り返さないためにも、高い安全性を誇る日本の鉄道技術や実績を生かし、事故事例も挙げながら地道な啓発、営業活動が必要だ。
