その後、設備投資などにより量産化の目処が立ち、73年に量産仕様の中期型が登場。流麗なボディラインや丸目4灯ヘッドライトといった基本デザインは踏襲しつつ、フロントグリルなど細部は量産に適した仕様へと変更された。さらに77年には角形4灯ヘッドライトを採用するなどの改良を受けた後期型が登場し、81年まで生産が続いた。
なお、エンジンは1.6L、1.8L、2.0Lの直列4気筒ガソリンのほか、2.2Lディーゼルも設定。70年には日本車初となる電子制御インジェクションを採用したモデルも登場するなど、当時の先進技術を数多く取り入れた点でも知られている。
なぜハンドメイドは高価なのか
いすゞ車を専門とするクラシックカー業者、イスズスポーツ(東京都羽村市)は、同展示会で117クーペの前期・中期・後期の3モデルを展示した。シルバーがハンドメイドの前期型、隣に並ぶブルーが中期型、オレンジが後期型である。
展示車のうち、昭和49年(74年)式の中期型は828万円、昭和53年(78年)式の後期型は368万円。一方、昭和45年式(70年)の前期型には価格表示がなかった。これは「展示のために持ち込んだオーナー車で、販売はしないため」(同社)と説明する。
ただし、同様に内外装をしっかりレストアした前期型は、「1000万~2000万円に達する個体もある」とのこと。その背景にあるのが、圧倒的な希少性とレストア難度の高さだ。
68年から72年までの約4年間に生産された前期型は、前述のとおり生産台数自体が少ない。加えて、手作業中心で製作されていた影響もあり、補修部品の供給はほとんどないそうだ。
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【希少性とレストア難易度の高さ】
