彼は中国で工場を経営しており、「まとまった現地通貨が必要なのでは」とピンと来たそうだ。他にも数人の知り合いから「必要なら元を送金しますよ」と声を掛けてもらった。
日本人が中国で困りそうなことを把握している知人たちのサポートが、何と心強かったことか。その後、1階の窓口に行けば、手数料は取られるもののクレカ払いができることがわかり、事なきを得た。
家族カードに救われる
息子の入院手続きは学生たちがやってくれたが、慌てていたのだろう。カルテに記載された息子の名前が間違っていたり、日本人なのに「漢族」と登録されていたり……保険請求のためにこれらも全て訂正しなければならない。
多少中国語ができるから自力で何とかなったが、病院の仕組みなんて全く知らなかったのでひたすら大変だった。病室では高おじさんや患者家族が話しかけてくるので、滞在していた10日間で中国語が飛躍的に上達した気がする。
中国に入ったときは、息子の容態が落ち着いたらトルコに戻り、世界一周の旅を再開するつもりだったが、退院後の帰国まで付き添うべきだと判断し、旅の中断を決断した。
世界一周航空券の旅程変更はメール一本でできた。50歳の一人旅で、自分の病気やケガはあるかもと思っていたが、家族のアクシデントで離脱することになるとは想定外だった。
半月ちょっとで息子は退院した。頭部切開という大きな手術だったが、今は回復し日常生活を送っている。入院生活はカオスだったが、医師や看護師にはとても丁寧に対応してもらい、再検査した日本の脳外科医にも「術式は日本と多少違うけど、きちんと処置されている」と言われほっとした。
気になる費用だが医療費が約100万円、介護士の費用が十数万円、医療通訳が数万円だった。医療費は大学で入っている傷害保険を利用し、介護費用と医療通訳はクレカ保険で支払われた。
思いがけず助かったのが救援費用だ。息子が退院した後、筆者は一旦日本に戻り、諸々体制を整えてから再び渡航した。2往復の飛行機代と現地でのホテル代で100万円近くかかったが、全てカバーされた。
1回目はエジプトから中国への航空券を直前で購入したため、「うっ」となる金額だった。保険デスクに「補償される」と確認を取っていたので、躊躇せず決済できた。
深く考えずに作っていた家族カードが、危機を救ってくれたのだ。
世界一周旅行は4カ月後に再開した。離脱したトルコに戻って、東回りで日本を目指したため、正確には「世界一周半旅行」になった(後編へ続きます)。
