「レン、あんまり後輩を強く叱るなよ。トラブルになると面倒だから」
一瞬、耳を疑った。
……面倒?
先生は続ける。
「カイトは自分の意見をハッキリ言うタイプだけど、別に悪気はないんじゃないかな。お前たちももうすぐ引退試合だろ? 今は堪えて、余計なもめごとは起こさないでくれよ」
余計なこと。
その言葉だけが何度も何度も脳内で再生される。
なんでそんな理由で我慢しないといけないんだよ。先輩なんだから、間違ってることはちゃんと言わないとダメだろ……。
自分が信じてきた“当たり前”が、だんだんまわりとズレ始めている気がして、落ち着かない。
自分と部活の後輩、そして顧問の先生。絶対に混ざり合わない3つの価値観が、見えない壁になって立ちはだかる。
俺はもう一度、さっきよりも深いため息をついた。
年のちがいは違和感を生みやすい
年がちがうだけで、なんだか話が合わない。
先輩や後輩と話すとき、思っていた反応とちがってモヤっとする。
たった1歳ちがうだけでも、このギャップは意外と大きいものです。
たとえば、同じ学校でも「入学した年」や「担任の先生」がちがえば、学年やクラスの雰囲気は変わるでしょう。1年前と今とで、流行りの音楽や動画はちがいますよね。SNSの“ノリ”が、学年差で微妙に変わる。
こういう小さな積み重ねが、その人の「普通」や「当たり前」を作っています。
クラスの友だちの考え方でさえ、「あれ?」と思うことはあるはず。
価値観なんて同い年同士でもちがうんだから、年の差があればちがって当然。
まずはこの視点をもっておくと、モヤモヤを受け止めやすくなります。
さて、先輩後輩の関わりが増える場面といえば、部活動です。
部活動の場合、先輩は後輩よりも長い時間その部活を経験しています。だからこそ、さまざまなことに先回りして気がつくことができます。
でも、先輩の立場からすれば「当たり前」のことが、後輩にとっては「教わっていないこと」かもしれません。逆もしかりです。
このすれちがいによって、「なんでこんなこともわからないの?」「ちゃんと説明しろよ」という気持ちが生まれてしまうのです。
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【時代によって変わる「常識」】
