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「タモリは面白くない」ヒカルvs世間の不毛な論争 説明を拒む"ずらし"と"脱力"の神髄とは?

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タモリ
(2023年撮影:Pasya/アフロ)
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そのため、タモリの面白さは、テレビの中で笑いが発生している瞬間だけを切り取っても伝わりにくい。大声で笑わせるわけではない。派手なツッコミを入れるわけでもない。強烈なキャラクターで押し切るわけでもない。むしろ、熱狂や感動や権威といったものを、少しだけ相対化するところにタモリの芸の神髄がある。

それを象徴していたのが、漫画家の赤塚不二夫氏の葬儀での弔辞である。赤塚氏は、タモリを世に送り出した恩人であり、師匠であり、盟友でもあった。

2008年に行われた彼の葬儀で、タモリは弔辞を読み上げた。その内容は、赤塚への深い敬意と愛情に満ちたものであり、中でも「私もあなたの数多くの作品の一つです」という言葉は多くの人の記憶に残った。

一方で、このときの弔辞に関して、タモリが手にしていた紙が白紙だったのではないかという噂が流れた。映像を見た人々の間でそのことが話題になり、のちに関係者の証言なども出てきて、それが語り継がれるようになった。

このエピソードがいかにもタモリらしいのは、そこで行われていることが真剣さと悪ふざけの境界線上にあるからだ。弔辞の内容は真面目なものだが、白紙を手にして読み上げていたとすれば、その行為には明らかに形式への批評性が含まれている。

抑制に見るタモリの美学

厳粛な場で、厳粛な形式を守っているように見せながら、少しだけ自分の振る舞いを逸脱させている。しかも、タモリはそれを自ら説明しない。自分から「実は白紙でした」と語って笑いに変えるわけではない。

ここにタモリの笑いの本質が表れている。タモリは自分の芸を解説しない。自分のすごさを誇示しない。観客に対して「ここを見てほしい」と強く要求しない。わかる人にはわかるような形で提示して、それ以上の説明をしない。その抑制こそがタモリの美学である。

だからこそ、今回のヒカル発言をめぐって、タモリの面白さを熱心に説明する言説があふれたことには、ある種のねじれがあると言える。たしかに、万人にわかりやすく伝えようとしないタモリの芸風は、一部の人にとっては理解しづらいものかもしれない。そういう人が「タモリの面白さがわからない」と感じるのも無理はない。

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