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「正直者」は嘘がうまいだけ?直木賞作家・小川哲氏が教える、自称グルメや預言者から身を守る「斜め上」の処世術

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悩む男性
苦笑いと共感が止まらない"ひねくれ者"の処世術とは?(画像:PRISM / PIXTA)

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本記事は『地図と拳』で第168回直木賞を受賞し、『君のクイズ』が映画化されることでも話題の作家・小川哲氏の初エッセイ『斜め45度の処世術』から一部を抜粋したものです。

自称“グルメ”に注意

「グルメ」を自称する人が苦手だ。

「美食家」も同じで、やっぱり苦手だ。「僕、グルメなんですよ」と口にする人がいたら、その場で張り倒しはしないけれど、「あ、ああ……」みたいな感じで少しゲンナリする。

たとえば「おいしい食べ物が好き」なら構わない。というか、僕だっておいしい食べ物は好きだ。しかし、グルメというステータスには、食べ物の質をジャッジする能力みたいなものが付随しているような気がする。

それは、「お笑いが好きなんです」は大丈夫だが、「僕ってあらゆる面白さがわかるんです」と言われたら「なんだこの人」となるのと同じことだ。

学生時代のアルバイトの先輩に、他人からグルメと言われている人がいた。僕の内部ルール上ではグルメの自称はアウトだが他称はセーフだったので、よくその人がお薦めする店に連れて行ってもらった。

そもそも僕は食に対するこだわりがほとんどなく、他人がつくった大抵のものはおいしいと感じてしまう。なので先輩と店に行った時も、いつも「めっちゃおいしいですね」といった感想を口にしていた。

小川哲氏(写真:CEメディアハウスプレスリリースより、撮影:佐山裕子)

ある日、先輩がよく通っていたという中華そばの店へ一緒に行ったことがある。昼過ぎになると店外に長い行列ができていて、先輩は「昔はこんなに混んでなかったんだけどなあ」と言いながら列の最後尾に並んだ。

30分ほど並んでからようやく席に案内され、僕たちは店がイチ押ししていた「特製そば」を注文した。

しばらくして、提供された特製そばを食べた。僕はいつものように「めっちゃおいしいですね」と感想を口にした。実際においしかった。並ばなくて済むなら、何度でも食べたくなる味だった。

先輩は麺をすすり、スープを飲んだ後、小さな声で「味落ちたな」とつぶやいた。「人気店になって、手を抜いているんじゃないのかな」その言葉を聞いて、僕は先輩に対して腹が立った。味が落ちたのではなくて、味の進化に先輩がついていけなかっただけかもしれない。

店主は、先輩なんかよりもずっと中華そばの知識を持っているはずだし、中華そばについて日々考えているはずだ。長年営業していれば、もちろん味が変わることはあるだろう。その変化を味が落ちたと断言するのはさすがに傲慢ではないだろうか─という自分の考えを先輩に伝えることができるわけもなく、僕は「そうですか、僕はおいしいですけど」とだけ言った。

それ以来ずっと、僕は味が落ちたと口にする人のことを警戒している。もちろん、「前回来た時のほうがおいしかったな」という感想を抱くのはしかたない。個人の主観だからだ。でも、それは「店の味が落ちた」ではなく、「自分の味覚の精度が落ちた」だけかもしれない。店長の好みと、自分の好みが乖離しただけかもしれない。

小説を読んでいると、前の作品のほうがよかったと感じることがある。その感想を、「腕が落ちた」とか「もう落ち目だ」につなげないように、僕はいつも気をつけている。

僕自身が小説を書いているのでよくわかる。作家は作品ごとに前の作品を超えようと努力している。もちろんうまくいかないこともあるが、基本的には好みの問題だと思う。人類全員を満足させる作品など、この世に存在しないのだから。

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