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人気ブーランジェリー《メゾン ランドゥメンヌ》のオーナーシェフを25歳でパンの道へと導いた「意外な出発点」

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《メゾン ランドゥメンヌ》のオーナーシェフがパン作りを目指した意外なきっかけとは(写真:宝島社提供)
  • 石川 芳美 「メゾン ランドゥメンヌ」オーナーシェフ
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漬物屋の嫁としてだけでなく、3人の子どもの母としての役割をこなしながら、さらには教室や自分の会社を経営することは、とても楽しく充実した日々でした。

仕事も順調で収入もあり、事業もうまくいっていましたが、若かった私は、「これはやる」「これはやらない」という選択がうまくできず、全部をやろうとしてしまったのです。

当時、女性がバリバリと働くことへの周囲の理解も十分ではなく、「どうしてそんなことをするの?」「家にいられないの?」と言われることが多くなり、自分の心がどんどん追い詰められていきました。

その結果、私の精神は次第にバランスを崩してしまい、うつ病を発症してしまったのです。

当時の私はまだ若く、体力もあり、やりたいことも明確になっていたので、それに向かってどんどんと突き進んでいましたが、周囲の理解がなかったり、やらなければいけないタスクの多さや大きさに精神が追いつかなくなったりしてしまったのです。

今思えば、せめて周りの誰かが理解してくれて、後押ししてくれていたら少しは変わっていたかもしれません。しかし、当時は女性が活躍することをよしとは思わない時代だったので、なかなか理解してもらうことはできなかったのだと思います。

うつ病の発症と離婚

今は「多様性」という言葉が当たり前に使われる時代になりましたが、30年前はまったく違いました。

女性が家庭を持ちながら事業を立ち上げること自体が珍しく、まして地方では理解されにくいものでした。私がパン教室や会社の運営で忙しくなり始めたころ、それまで普通につき合っていたママ友たちが、気がつけばほとんどいなくなっていました。

何か直接言われたわけではありませんが、後ろ指をさされているように感じることも多く、「時代が早すぎたのかもしれない」と思うこともありました。

仕事自体は順調でも、そんな周囲の環境とタスクの多さに精神的に追い詰められ、そして最終的にはうつ状態が進行。薬で眠るような時期もありました。そのころの記憶は断片的になっていて、今でもあまり思い出せません。

そのころに最初の夫と離婚。さらに子どもを引き取ることもできませんでした。

当時の日本では、離婚後に両親が共同で子育てをするという考え方はほとんどなく、どちらかが親権を持って終わりという形が一般的でした。

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【精神的に本当に苦しい時期に】

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