私の場合は子どもに会うことはできましたが、それでも精神的には本当に苦しい時期でもありました。今でこそ、「うつ」という言葉は広く知られ、カウンセリングや精神科も身近になりましたが、当時はまだ理解が少ない時代。
離婚しただけでも周囲の目は厳しいのに、さらに精神的な不調があるとなると、「人生が終わった」と言われかねない雰囲気があったのです。そのころの私は、本当にひっそりと生きていたように思います。
「パンを作り続けるならフランスへ」のひと言
それでも、不思議なことに、パンを作っている時間だけは気持ちが安定していたのです。教室も店も閉めていましたが、残っていた店舗で注文を受けた食パンを焼きに行くことだけは続けていました。
今思うと、あの時間が私と現実とをつなぎ止めてくれていたのです。
少しずつ気持ちが落ち着いてきたころ、地元のパン屋に就職。広島では当時珍しかったフレンチ系のパン屋で、オーナーはフランスから帰国して店を始めたシェフでした。
そこで働き始めた初日に言われたのが、後の私の人生を大きく変えるきっかけにもなった、「パン作りを続けるなら、1度はフランスに行かないといけないよ」という言葉だったのです。
そのとき、私はフランスに行くなんて考えたこともありませんでした。かつての結婚生活の中では、海外に行くという発想自体がなかったのです。
でもその言葉を聞いたとき、「そうか、パンをやるならフランスなのか」と、初めて海外に行くことを意識しました。永住しろという話ではなく、1度は見ておくべきだという意味でしたが、その言葉は私の中に強く残ったのです。
そこからフランス語の勉強を始め、月に1度ほどのレッスンを受けて、少しずつ準備を進めました。そして1年後、35歳のときにパンに導かれるように、フランスへ向かうことになりました。

