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キャリア・教育 #浪人したら人生「劇的に」変わった

「失ったものも確かにある」高校中退→高卒認定取って国立大医学部に合格した彼の孤独

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浪人中の前田さんと現在の前田さん
高校中退後、軌道工の仕事を経て医学部受験を決意した前田朋之さん(写真:前田さん提供)
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前田朋之さんは鳥取県に、父親が医者、母親が専業主婦の家庭に生まれました。

「父親は 非医療職家系の出身なんですが、その中で突然変異的に医者になったんです。母親は小さな土木系の会社をしていた家系で、僕はその間に生まれました」

医師の父親と土木系の会社をしていた母親の家系、前田さんは結果的に両方を経験することになります。

小学校くらいまでは元気な子どもで、普通に過ごしていた前田さん。野球に打ち込んでおり、ここでの経験が将来につながる大きな成功体験となったようです。

「現在プロ野球選手で活躍されている先輩がいた小学校だったので、その先輩に憧れてピッチャーを目指して、エースをもぎ取ったのが人生最初の成功体験でした。毎日走ったり筋トレしたり、教則本を読んだりコーチの教えを聞いたりして、4年生の時にはチームのエースピッチャーになることができました」

12歳の頃(写真:前田さん提供)

小学校の時は、勉強でも上位でした。

「KUMONに通わせてもらっていたので、そのおかげか勉強で困った記憶はないです。勉強面では特に苦労せずに過ごせたかなと思います」

文武両道の状態で公立中学校に進んだ前田さん。しかし、中学に入ってからは野球も勉強もやめてしまいます。

野球も勉強もやめて、高1の夏に中退

「野球をなんとなくやっていてもプロにはなれないと考えていたので、やる意味がないのかなと思い、中1の夏にやめました。当時は何も考えず遊んだりした方が楽しかったですね。勉強面でも、中1の夏からは勉強はやっていません。だから転がり落ちるように成績が落ちました」

こうして野球も勉強もやめ、自堕落に遊び呆ける生活を始めた前田さん。中学卒業後は、一旦高校に入るものの、通う目的を見出せずに高1の夏には辞めてしまいます。

結局、こうした生活は、17歳まで続きますが、この時期に大きな転機が訪れます。

「高校を辞めて、プラプラと遊んでいたらお金がなくなりました。親からは勘当状態でした。職に就こうと思い、地元の先輩の紹介で隣の県である島根県に引っ越し、軌道工という線路作業に就きました」

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【社会の中でどう上がっていくべきか】

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