窪田:お母様もすばらしいですね。私もアメリカにいたころはキリスト教系の学校に通っていましたが、かなり合理的な校風でした。神父様も「君がいた日本は多神教だし、いろんな考え方があるからね」みたいに言うのです。私は日本より、アメリカの学校のほうが合っていたなと思います。
松本:私は大学までずっと日本で過ごしました。初めての海外経験は21歳のときです。海外旅行でアメリカに行ったことで、英語が使えるようになりたいと強く思いました。
そこで旅行から帰ってきて語学の勉強を始めたのですが、全然身が入らず、2カ月ぐらいで諦めました(笑)。これはもうアメリカの会社に就職してしまおう、そうすれば嫌でも話せるようになるだろう、と考えて、アメリカの証券会社で働くことにしたのです。
「そんなにスキーが好きだったっけ?」
窪田:今でこそ外資系企業を目指す人も多いですが、当時は東大法学部を出れば、官僚や旧財閥系を目指す人ばかりだったと思います。なぜそんなところに、と言われませんでしたか?
松本:もう倒産してしまいましたが、私が入社したソロモン・ブラザーズという会社は、当時は「キング・オブ・ウォールストリート」と呼ばれていました。でも友達に「ソロモンに行く」と言ったら、「そんなにスキーが好きだったっけ?」と言われました(笑)。
そんな時代ではありましたが、私は官僚になったり日本の会社に入ったりすることのほうが、リスクが大きいと考えていたのです。今でいう上司ガチャも怖いし、コネを持っている人とどう戦えばいいのかもわからない。自分でコントロールできないことによって、自分の未来がかなり変わってしまうんだなと感じました。
一方で、聞くところによると外資というのは実力主義らしい。じゃあそちらにしよう、と。危険な峠道は自分の運転で行きたいタイプなんですよね。
窪田:なるほど。たとえ未知の場所でも、自分の運命は自分で握ったほうが低リスクだし、そのほうが納得できると考えられたのですね。
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【結局は上司のおかげだった】
