松本:それがもう、当時の私にとっては人生最初で最大のインパクトでした。ああ、自分のしたことは自分で責任を取らなきゃいけないんだ、誰かが言ったからというのは理由にならないんだということが、強く心に刻まれたのです。父は下町育ちで、戦時中には度重なる空襲を経験した世代でした。
そのせいでしょう、ファシズムが大嫌いで、「この人の言うことだから黙って聞く」という姿勢はファシズムの始まりである――そんな感覚があったのではないかと思います。
だから父は、幼稚園児だった私に激怒した。おかげで私は、小学校でも、先生の言うことを聞いていればいいとはまったく思っていませんでした。結果として、小2のときに校長先生に楯突いて、通っていた私立の小学校を辞めさせられることになります。
先生がその場で「辞めてくれ」
窪田:小2で校長先生に意見されたのですか。すごいですね。
松本:家から近くて便利だったので、4つ上の兄と私は小中高一貫のキリスト教系の学校に通っていました。ただ、兄は中学受験をしたので、その学校を辞めることになりました。受験した中学の合否に関わらず、外部の学校を受けるなら辞めなければいけないという決まりがあったのです。
その決定後、私は先生に呼ばれて、「お前も4年後に学校を辞めるのか」「ここは小中高一貫で教育する学校だから、辞められるのは困るんだ」と言われました。
でも、学校で使っていた新約聖書には「明日のことは神様だけが知っている」と書かれている。4年後のことなんて僕らにはわからないのに、そんなことを聞くのはおかしいんじゃないか。私は家に帰って、そう母に言いました。母も一緒に聖書を読んで、「確かにそう書いてあるわね」と。
そこで次の日に母と二人で学校に行って、校長室で校長先生と学年主任と担任の先生と対面しました。母が「あなたが説明しなさい」と言うので、母に言ったのと同じことを言ったのです。そうしたら、その場で「辞めてくれ」と。
窪田:聖職者の方というのは心が広いものかと思っていましたが(笑)。そんな形で退学させるとはびっくりですね。
松本:本当にびっくりですよ(笑)。私は子ども心にまずかったかなと思って、帰り道で母に謝ったのですが、母もプンプンしていて。「辞めればいいのよ、こんな学校」とか言って(笑)。
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【渡米の決め手は、英語のスキルアップと「実力主義」】
