完璧な静寂があったとはいえない。終電までは電車の走行音が聞こえるし、夜遅く到着した人の出入りもある。しかしそれらの物音は遠く、角の取れた音で、むしろ眠気を誘った。きっと「誰もしゃべらない」ということも大きいのだろう。
ここに居る人は誰も私を必要としないし、仕事用のパソコンもロッカーに入れてしまった。スマホはあるけれど、温かみのあるポッド内の調光はブルーライトに似合わない。ここは、誰もが「自分のために、ひとりで眠る」ことを許された場所なのだ。
後日、「睡眠解析レポート」を見ると、横になって4分で眠りに落ちていたようだ。睡眠を記録される緊張を感じる間もなかった。
「自分のために眠る」という贅沢
結局約11時間、眠った。翌朝の目覚めは、近年ないほどにすっきりとしていた。
仕事の締め切り、スマホ、誰かの気配。日常にはいつも、眠りを削る何かがある。例えばひとりで眠っていても、身体は無意識に部屋の広さや置いてあるものの位置を測っているのではないだろうか。
でも、あのスリープポッドには何もなかった。睡眠に特化された空間の中で、私はただ、自分のために眠ったのだ。
1階のカフェで朝食をとりながら、あの空間のことを思い返していた。柴田文江が手がけた、絶妙にカーブを描く睡眠空間は、ただ機能的なだけではない。繭のように人を包み込み、SF映画のコールドスリープ装置のように未来へ送り出す。そういう意図が、宿っているのではないか。
ただひたすら眠ることで、何かが変わる。小さな旅をして、少しだけ更新された自分で日常に戻る。令和のカプセルホテルとは、そういう場所なのかもしれない。
移動の拠点としてコストを抑えるためであれ、ただ眠りに来るためだけであれ――コスパよく得られる価値は、思いのほか大きい。「睡眠解析レポート」が届くのは、数日後だ。自分の眠りが初めて数字になって返ってくる。それが楽しみでもあり、少し怖くもあった(後編に続きます*後日掲載)
ナインアワーズ宿泊:4900円〜(宿泊日・プランにより変動)
9h sleep checkup:宿泊者向け無料オプション
*交通費・飲食費除く
*価格は体験時の目安。詳細は予約時にご確認ください
