私の知り合いの女性は、産休・育休を経てほどなく、日本の会社から「子育て中なら、こっちの部署のほうが働きやすいよ」と、まったくオーナーシップを与えられずに異動を命じられました。彼女は、元の部署で誰よりも結果を出していたにもかかわらず、です。
彼女自身が「新しい部署の仕事にも興味があった」「働き方を変えたい」などと、自分で判断して異動を希望したのであれば、それはオーナーシップを感じられる事例であったと思います。
自分が大切にしているものを守るために、自分が下した判断であれば、その先に待つ結果への向き合い方は変わってくるはずです。
また、オーナーシップを与えられずに、他人の判断が自分の状態、成績や評価などに影響した場合、その人への怒り、また「あのとき自分はこう思っていたのに」と消化しにくい思いが湧くこともありますし、自分には自分の世界をコントロールする力はないと、無力感を抱いてしまうこともあります。
逆に最終的にうまくいかなかった場合に、その責任を問う相手が自分しかいない状況はつらいこともありますが、自分のオーナーシップのもと、できることをやり尽くした結果ですから、成功はもちろん、失敗もまた「自分のもの」と思えて納得しやすいものです。
親子間、あるいは上司と部下の関係などにおいて、「上の立場」に据えられた側から「下の立場」とされる人たちに決断のオーナーシップを持たせてあげることは勇気がいることです。
逆に、「下の立場」の人たちが「上の立場」の人たちを含めて周りに意思を伝えることも勇気がいることです。
たとえばスポーツチームにおいては、監督と選手という関係があります。
監督の決断に選手がただ従うスタイルよりも、選手が意見を出して戦略や判断にかかわり、オーナーシップが機能しているチームのほうが、目を見張る爆発力を持つことができるでしょう。結果として勝っても負けても皆がその結果を「自分のもの」として受け止めやすく、選手やチームが前進するきっかけになることも多くあります。
もちろん、それをまとめるだけの監督やキャプテンのリーダーシップと、「意見は受け入れられることもあれば受け入れられないこともある」と選手たちが納得できるようなサポートが必要ですが、オーナーシップを持つことは、選手それぞれの精神状態にも選手間の関係にもよい影響を与えるに違いありません。
育つ環境や社会規範による影響
私は医師として臨床現場に携わる中で、アメリカの患者さんのオーナーシップに感心させられることが多くあります。
幼い子どもであっても、自分の症状はどんなもので日常生活でどんな不都合が生じているかを、幼いなりに自分の言葉で説明しようとします。中高生であれば、「この薬はこの症状には効いていないから、別の治療を試してみたい」と、主体性を持って治療にかかわろうとします。
次ページが続きます:
【患者の立場になると変わる態度】
