蚊に刺されるとかゆくて不快ですよね。しかし、たまに刺されるだけであれば、特に気にならないかもしれません。
では、「女性だけ」、あるいは人種において「黒人だけ」が、他の性別や他の人種と比べて何百倍も蚊に刺される確率が高ければどうでしょうか。黒人女性は200回蚊に刺される一方で、白人男性は1回刺されるだけ。
白人男性は「蚊なんて、不快だけれども気にするほどではないよ」と言えるかもしれませんが、黒人女性の苦しみは耐えがたいものだと想像できます。
「もうこんなかゆみには耐えられない!」と、怒りを爆発させても無理はないでしょう。
黒人女性が苦しみ憤っている様子を見て、白人男性は「蚊に刺されにくい」という自分の特権に気づくことなく、「僕だって蚊に刺されることはある」「ちょっとしたことなのに気にしすぎ、怒りすぎ」などと言えば、黒人女性は自分の苦しみが理解されないことで、よりいっそう苦しみ、憤りを募らせるかもしれません。
フェミニストが批判されるワケ
日本においては、ジェンダー問題を語ると、「フェミニストは怖い」「フェミニストはいつも怒っている」という言葉で批判されます。
そんな批判を目にしたとき、この蚊のたとえを当てはめて、フェミニストが怖いトーンで怒らなければならない背景に目を向けてみてください。
男性が受けることのない蚊の攻撃を何度も繰り返し受け続けているかもしれない。強い怒りは、何度も何度も刺されてもう耐えられなくなったとき。見えない攻撃による耐えがたい苦しみに気づいてほしい、という切なる叫びなのです。
マイクロアグレッションは、日常の至るところに潜んでいます。
ジェンダーに限らず、人種や年齢、体形などへの、社会の中に根付いている無意識のバイアス。1つひとつの不快は小さなものかもしれませんが、それが重なることで大きなダメージになるからこそ、マイクロアグレッションに意識を向けてみることが大切です。

