「まずやってみる」あずきバーの井村屋が130年続けてきた"実験"の正体 アンナミラーズ復活が示す「失敗」を力に変える流儀

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もう一つ、井村屋の経営を語る上で欠かせないのが、あんこの自家製へのこだわりだ。当時、製餡所から餡を仕入れるのが業界の常識だったなか、井村屋はあずきから自分たちで餡を作り続けた。

「楽をしてはいけない、妥協してはいけないという考えがあったと聞いています」(北角氏)

あずきの皮を取り除く技術は簡単ではなく、試行錯誤を重ねて確立された。既製品を使えば効率は上がるが、その分、味の自由度は失われる。自家製にこだわることで、独自の味と品質を生み出し続けた。

この思想の結晶が、1973年に発売された人気アイス「あずきバー」だ。

発売から少しずつ改良を重ねることで品質を維持、向上させてきた。だが、発売50周年の2023年に原材料を見直し、コーンスターチをあずきパウダーに変更。現在の原材料はあずき、砂糖、水あめ、食塩の4つのみになり、よりシンプルでおいしくなった。

「洋食」への越境と、アンナミラーズ復活という伏線

1973年、「あずきバー」発売と同じ年に、井村屋はもう一つの大きな賭けに出る。アメリカンパイのレストラン「アンナミラーズ」の日本展開だ。

2代目・井村二郎がアメリカで食べたパイに感動し、「日本でできないか」と動いたのがきっかけである。マクドナルドの日本上陸(1971年)、デニーズの進出(1974年)と時期を同じくする外食産業勃興期の挑戦だった。

パイだけでなくルーベンサンドやBLTサンドも提供し、ドイツの民族衣装ディアンドルをルーツとするユニフォームも話題になった。長年にわたってファンに愛され続けたが、2022年、最後の店舗となった高輪店が品川駅の再開発に伴って閉店する。

しかし、ブランドは消えなかった。ECサイトやポップアップショップを通じてファンの根強さが改めて浮き彫りになり、2026年、奇しくも1号店と同じ南青山に再出店を果たしたのだ。

「単なる懐かしさではなく、アンナミラーズを愛してくださるお客様の継続的なご支持があったからこそ」と北角氏は言う。

一度撤退したブランドを、ファンの声を根拠に復活させる。これもまた「実験→評価→継続」のサイクルそのものだ。

1号店
1973年、東京・南青山にオープンした「アンナミラーズ」1号店(写真:井村屋提供)
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