「まずやってみる」あずきバーの井村屋が130年続けてきた"実験"の正体 アンナミラーズ復活が示す「失敗」を力に変える流儀

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井村屋の創業は1896年。三重県飯南郡松阪町(現在の松阪市中町)で開業した菓子舗「井村屋」がルーツだ。創業者の井村和蔵は、農家の六男に生まれた。

井村和蔵
井村屋の創業者、井村和蔵(写真:井村屋提供)

親からは医者になることを勧められたが、本人は商人の道を志し、松阪の米問屋に丁稚奉公に出た。そこで商売の基礎を学び、結婚もして商人としての経験を積んでいくが、米相場で大きな失敗を経験する。

ところが、この出来事がその後の人生を決定づけた。

失敗から始まった「まずやる」経営

「米相場での失敗をきっかけに、『作れそうな気がする』という理由だけで菓子づくりを始めたという記録が残っています。できるかどうかではなく、思い立ったらすぐやる性格だったようです」

こう語るのは、ラッセリアを運営する井村屋フードサービスの代表取締役社長、北角収氏だ。

米の卸売から菓子製造へ。そこに業種としての連続性はないが、躊躇はなかったという。そして、この、「まずやってみる」という姿勢は、現在に至るまで井村屋の経営に共通する価値観となっている。

創業とともに発売された「山田膳流しようかん」は、その象徴的な商品だ。どの家庭にもあったお膳に煮詰めたあずきと砂糖、寒天を流し込むという発想はシンプルだが、当時としては斬新だった。

「その頃は砂糖自体が貴重で、ようかんは贅沢品でした。他店よりもたっぷりと砂糖を使い、甘くておいしいという評価を得たようです。糖度の高さは日持ちの良さにもつながり、結果として商品価値を高めました」(北角氏)

1906年に登場した「うずまき」、「とらまき」も、井村屋の歴史を語る上で欠かせない商品である。興味深いのは、その誕生の経緯である。熱した鉄板の上に流した生地の上にあんこをのせて、生地を巻いて仕上げるのだが、見よう見まねで作っていたため焼きムラができてしまい、生地がトラ模様のようになったという。

本来であれば失敗とされる状態だが、味の良さがそれを上回り、結果として評判を呼んだ。

見た目が悪くても味が良ければ、そこに自信を持ち、商品にする。この「実験→評価→継続」というサイクルが、井村屋のDNAとして刻み込まれていく。

北角収氏
井村屋フードサービスの代表取締役社長、北角収氏(写真:井村屋提供)
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