実はちょうど同じ頃、アメリカでは1冊の本が話題となっていた。書籍タイトルは『The Coming War with Japan』(邦訳は『ザ・カミング・ウォー・ウィズ・ジャパン―「第二次太平洋戦争」は不可避だ』)。
主著者のジョージ・フリードマンは、後に民間インテリジェンス機関「ストラトフォー(Stratfor)」を設立した著名な地政学・戦略予測の専門家。ソ連という共通の敵が消え、経済大国となった日本とアメリカは地政学的な利害対立から将来的に軍事衝突(戦争)に至るだろうと予測した衝撃的な内容だった。
――日本製の家電製品や自動車がたたき壊されました。
アメリカの支援によって経済成長した日本が、いつの間にか“生みの親”を脅かす存在になっていた。いわゆる日本脅威論が主潮となったのだ。
今では考えられないかもしれないが、当時アメリカが「敵の敵は味方」のロジックで手を携えた相手が、ほかならぬ中国だった。アメリカの覇権を脅かすことのない途上国だった中国は、将来的には大きな市場になるポテンシャルも秘めていた。
中国の優秀な若者たちはこぞってアメリカに留学し、ものすごい勢いでアメリカの技術基盤を吸収し、中国に持ち帰った。これが今の技術大国・中国の礎となっているということを、「日米中トライアングル」の脈絡の中で気づくべきだ。






















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