北欧で学んだ「好きなこと」との"心地よい線引き"、「好き」でいられる範囲を知る—「週末北欧部 chika」漫画とエッセー

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今までの私は、「自分が好きでやっているのだから」と、好きを免罪符のようにして、「だから、つらいはずはない」と思い込んでいた。

けれど本当は、好きなことにも限界がある。どれほど大切なことでも「好きでいられる範囲」があり、それを超えたら、「ここまで好きではない」と言ってよかったのだ。

これは仕事だけに限らないのかもしれない。趣味や人付き合いにも、同じことが言える気がした。好きなことをしていたはずなのに、いつのまにか「好きでいられる範囲」を大きく超え、その状態が続いた結果、いつのまにか「しんどいこと」や「嫌なこと」に変わってしまうことがある。

この日、誰よりも仕事を愛してやまない同僚のはっきりとした一言が、私が「好きでいられる範囲」を見つめるきっかけになった。

「好きであり続ける」ために

ある友達は、好きな趣味を「好きであり続ける」ために、「長時間やりすぎない」というルールを持っていた。

その年、友達は長年の夢だったグライダーを習い始めたばかりだった。

「楽しすぎて、嬉しすぎて……昨日飛行したばかりなのに、明日もまた飛びに行きたい。だけど、同時にこのパッションを長く失わずにキープしたいんだ。短い期間に繰り返しすぎたら、あっという間に慣れて、このパッションも失ってしまう気がするから」

私はその話を聞きながら、「特別を特別のまま残す」という守り方があるのだと知った。

好きなものをむやみに消費しないこと。情熱を急いで燃やし尽くさないこと。長く大事にしたいものほど、少しずつ付き合うという知恵があるのだと、その時はじめて気づいた。

その後、私はYouTubeの動画作りに夢中になった。

何もかもが手探りで、たった数十秒の場面に長い時間をかけることもあった。出かける先でカメラを向け、仕事のあとや休日にも編集を続けた。

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