開業時から「ヨーカドーで買えるものしかない」と言われていた…埼玉にある「百貨店が根付かなかった街」の本質理由

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もっとも、西武の閉店を惜しむ声がまったくなかったわけではない。朝日新聞は当時、「近くにほかの百貨店がなく、足の弱った高齢者は行き場を失ってしまう」といった声を紹介している。

ただ、少なくとも市民意識調査の自由記述には自然には現れてこなかった。また、2024年の市民意識調査の自由記述を見ると、「緑が欲しい」「商業施設でなくても遊べる場所を作って」といった声が確認できる。

【本文中で紹介しきれなった画像も】そりゃ潰れるに決まってる…「百貨店が消滅」した街・春日部。一体どこに失敗の要因があったのか?

街に百貨店が根付かなかった理由

春日部の市民が求めていたのは、今も昔も「ゆっくりできる場所」と「少しだけ良い日常の買い物」だったのだ。

ロビンソン百貨店では、7階のレストランフロアがその需要を一時的に取り込んでいた一方で、衣料品やギフト、ミディアムプライスの商品は、市民の日常の購買行動とは噛み合わなかった。また東西の分断で、商圏が広がらなかったのも大きかった。

開業時のマーケティングミスと、東西で分断された駅の構造、それを知っていて長きにわたって抜本的な改革を進められなかった市政。春日部で唯一の百貨店は、このようなミスや不運が重なって、街に根付かなかったのだ。

【前編】「スーパーより価格が高い」「都心の百貨店より品揃えが少ない」…埼玉にある「百貨店が消えた街」衰退の悲しき顛末 では、春日部にかつてあったロビンソン百貨店の誕生から閉店までを、街歩きライターの杉浦圭さんが詳細に解説している。
《参考文献・前編記事を含む》
・実業往来(実業往来社、1986年2月、p.40〜43)
・販売革新24(3)(296) (アール・アイ・シー、1986年3月、p.82)
・経済界特大20(23)(333) (経済界、1985年12月、p.38~41)
・新編図録春日部の歴史(春日部市、2016年3月、p.278)
・激流11(2)(119)(国際商業出版、1986年2月、p.125)
・月刊食堂:the food service management 26(3)(303)(柴田書店、1986年3月、p.145)
・商店界67(2)(824)(誠文堂新光社、1986年2月、p.91)
・セブンアンドアイホールディングスプレスリリース「百貨店事業の業務統合」
・販売革新特大24(1)(294)(アール・アイ・シー、1986年1月、p.142)
・朝日新聞 埼玉版(2015年10月9日朝刊)
・再開発コーディネーター第13号(再開発コーディネーター協会、1988年5月、p.18~19)
・春日部市議会議事録 平成25年9月
・春日部市民意識調査 平成28年度(春日部市)
・商業界= The journal of retailing 記念特大50(10)(614) 商業界 記念特大号(商業界、1997年10月、p.80~82)
・匠大塚公式サイト
・販売革新= Revolution in  retailing45(12)(アール・アイ・シー、2007年12月、p.104~105)
・春日部市民意識調査 令和6年度(春日部市)
・春日部市 鉄道高架化シンポジウム参加者アンケート(春日部市公式PDF)
杉浦 圭 フリーライター

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すぎうら・けい / Kei Sugiura

金融機関を経てライターへ転身。東京都在住。全国各地を歩き、その土地ならではの魅力を発掘・執筆することをライフワークとしている。趣味は渋ビル探し。好きなビルは船場センタービル。note→https://note.com/muchimuchi_bmen / X→https://x.com/B0482472380869

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