開業時から「ヨーカドーで買えるものしかない」と言われていた…埼玉にある「百貨店が根付かなかった街」の本質理由

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2009年、セブン&アイ・ホールディングスはグループ内の百貨店事業を再編し、ロビンソン百貨店はそごう・西武に吸収合併されて解散した。春日部店は西武百貨店春日部店として営業を続けたが、売り上げが回復することはなかった。

2014年度の売り上げは108億円。初年度目標すら下回り、ピーク時の約3分の1まで落ち込んだ。閉店理由は「5年連続の営業赤字。経営状況の改善は見込めない」というものだった。

開業日に訪れた8万人は、物珍しさによる一時的な盛況にすぎなかった。ロビンソンは結局、市民が求めていた「アジの開きの美味しいもの」を揃えることができなかったのである。

ロビンソン百貨店は、単なる商業施設として生まれたわけではない。東口再開発の「核」として計画された施設だった。業界誌『月刊食堂』には、「東口近代協が推進母体となり大規模な再開発が行われている。ロビンソンは、その核となる施設として誘致された」と記されている。

計画は早くから動いていた。1983年に「春日部駅東口地区再開発事業基本構想」が作成され、1984年には都市計画が決定している。ロビンソン開業(1985年)と東口再開発は、ほぼ同時進行で進められていた。百貨店は、東口を活性化させるための起爆剤として期待されていたのである。

しかし現実には、東口の状況は改善しなかった。駅の乗降客数は西口に逆転され続け、開業からわずか3年後の1988年の資料には、すでに「商業の地盤沈下が著しい」と記されている。

つまり、東口再開発の起爆剤として期待された百貨店は、開業から3年で早くも失速していたのだ。

なぜ東西の分断は解消されなかったのか

春日部駅の高架化が進んでいる(写真:筆者撮影)

東西分断の根本にあるのが、春日部駅の踏切問題だ。開かずの踏切を解消する抜本的な方法は、鉄道の高架化である。

しかし春日部の場合、東武スカイツリーライン・東武アーバンパークラインの2路線が交差するため調整は複雑で、事業主体は埼玉県と東武鉄道であり、市単独では動かせない。これまでの動きを改めて整理したい。

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