天才ピアニスト・ブーニンが日本を愛する理由は「芥川龍之介」が原点にあった

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ショパンコンクール優勝後、当時20歳の私に対してコンサート活動を禁止したのはそのほんの一例です。

今思うと、私はソ連の「所有物」として扱われていました。私は資本だったわけなんですね。国にとっての金塊のようなもの……そこから脱したかった。私自身は成長したかったし、国から言われた曲を弾くのではなく、自分が成長する伸び代がたくさんありましたから。

――ところで、来日前は日本にどのようなイメージを持っていましたか?

ブーニン:叔母から借りて読んだ芥川龍之介が、私にとって初めて〝会った〟日本人でした。ただ、彼が描いているのは昔の日本ですから、すごくミステリアスな国という印象でした。

その後ようやく東京に来て、本当の「今の日本」に出会ったわけです。特に、京都へ行った際、暗い中、月の光が池の水の中に落ちているという、本当に美しい光景に出会って……。それが、私が日本に恋をするきっかけになりました。

日本の皆さんは音楽に対する渇望がある

――復帰後、日本ツアーを精力的に行われています。

ブーニン:昔も今も日本の聴衆の皆さんには、ショパンの響きや、ショパンの美学に対する情熱を感じています。それはショパンに限らず、ほかのバロックの作品であったり、シューマンなどに対しても同じで、ものすごく音楽に対する渇望というか、音楽に対するオープンな気持ちがある。それが私に深い印象を残しています。

――最近「演奏したい曲が変わってきた」「まだ演奏したい曲がある」とおっしゃっていますが、歳を重ねてショパンへの見方は変わってきていますか?

ブーニン:私が物理的に、能力的に弾ける曲が変わってきました。もう今の私の手では、毎回リハーサルのたびに『華麗なる大ポロネーズ』を弾くことはできない。けれど、そうではない曲で、私が人々とコミュニケーションを取るために、美しさを伝えるために、届けるために、弾ける曲がほかにもあるということです。

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