未曾有の感染症が村を襲う…京都で奔走した「幕末の医者たち」描く熱き物語 映画『幕末ヒポクラテスたち』の凄さ

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幕末ヒポクラテスたち
漢方医の玄斎(写真:©「幕末ヒポクラテスたち」製作委員会)

ちなみに当時の漢方医とは、中国・唐由来の伝統医術を会得し、薬草を処方する医師のこと。体質や全身のバランスを重視し、気・血・水のめぐりを整えて治療を実践していた。

その頃はまだ資格試験も免許制度もなかったため、医者になろうと思えば誰でもなることができたという。

江戸時代は、漢方医こそが日本の医学の中心であったが、幕末になると、解剖学や外科手術など、医療器具をつかった西洋医術を学んだ蘭方医が少しずつ台頭するようになった、という歴史を持つ。

イチかバチかの大手術を行うことに

太吉は腕が良い上に、貧しい者からは診察料を受けとらない主義であるため(ただし食料など、村人の好意はしっかりと受け取ることも)、多くの人たちに慕われていた。

一方で、犬の亡骸を深夜の診察室で解剖してみたり、刑場で行われる処刑された罪人の解剖の場にも熱心に参加するなど、好奇心旺盛なところもあった。

そんなある日、太吉が食事をしていた飯屋に、賭場から金を奪った報いで脇腹を刺された、がらっぱちの若旦那・新左(藤原季節)が転がり込む。傷は腎臓にまで達しており、すぐに手術しなければ命にもかかわる、という緊急事態。

そこで、京で医塾を営む西洋医学の恩師・日野鼎斎に手術をしてもらおうと助けを求めるも、タイミング悪く、恩師は不在だった。「イチかバチか――」ということで太吉自身が手術をすることとなった。

幕末ヒポクラテスたち
当初は気性の荒い青年だった新左だが、太吉との出会いで人生がガラッと変わっていく(写真:©「幕末ヒポクラテスたち」製作委員会)

その後、時は過ぎ、自身の手術を通じて感じた人体の不思議に魅せられた新左は、すっかり改心し、「蘭方の医者になりたい。弟子にしてくれ!」と懇願。突然のことに「やめとけ、生やさしいものやない!」と取りあおうとしない太吉だったが、それでも熱心に学びたいという新左の情熱を目の当たりにし、彼に長崎で医術を学ぶことを勧める。

それから15年後、高名なオランダ人医師から最新の医術を学んできた新左が長崎から戻ってくる。太吉たちも祝福ムードで新左を出迎えたが、そこに大変な事件が起きる――。

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