「本当に美味しいもの」をほとんどの人は区別できない…味より情報が店の評価を決める残酷な現実

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作り手にとっては悲しいことだ。努力し、コストをかけて作った「もっと美味しいもの」でも、食べる人に情報を届けられなければ、ただの「美味しいもの」と判断されてしまうからだ。

下手をすれば、かなり〝盛った〞情報を届けている普通の「美味しいもの」の方が、努力とコストをかけた「もっと美味しいもの」より美味しいと思われかねない。いや、現実にはそのように実力と世間の評価が逆転している食品や店はかなり多いだろう。僕が知っている狭い業界でもそんなことはたくさんあるから、食べ物の業界全体でははるかに多いだろうし、食べ物以外の業界でも似た状況はかなりあるはずだ。

老舗の評判が揺るがない理由

誤解を恐れずに言えば、「老舗」と言われる店には、そうした情報で美味しいと評価されている店が少なくない。もちろんそれがすべてではないが、老舗の多くは人気が出た時点で味を固定化してしまう。その味にお客さんがついているから仕方ない面もあるが、いずれにせよ味の進化が止まり、その間に老舗の味を研究して改善した後発の店の味が上回ってしまうのだ。

ところが、世の中の評価は変わらない。ひとたび「美味しい」という評判が広がってしまうと、大きな失敗でもしない限り長きにわたってその評価が続くので、後発の店は味で老舗を超えても評判では上回ることができない。

どの種類の食べ物にも、美味しいとされている老舗以上に美味しい店があることは、食べ物の仕事をしていると当たり前に知っているが、それでも老舗の経営が揺るがないのは、こんな理由からだ。

本当に美味しいものが何かを判断できない人にとっては、情報がたくさん出回っている食べ物や店が美味しいものである。そして、情報が多ければ多いほど、情報を伝えているメディアが有名であればあるほど、その美味しさが確信されていく。

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