昭和の時代、父親たちは驚くほど家事も育児もしなかったーー昭和の「疑似家族ドラマ」にZ世代が衝撃を受けたワケ

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池中家と関わる人々は、たとえば会社の上司や後輩、行きつけのお店の人々や大家さんなど多くの人が登場するが、誰もがみな協力的で、仕事で忙しい玄太に代わって洗濯や食事、子供たちの世話といった家事全般を快く引き受ける。子供の服を直してあげる大家さん、留守番をしてくれる同僚の暁子(坂口良子)など日常的に池中家を支えている様子がうかがえる。

第4話で三女・弥子(安孫子里香)が学校で友達と馴染めないことを克服するため、玄太が家でパーティーを開催しようと企画する話がその象徴だ。パーティーには池中家だけでなく、大家さんや玄太の同僚たちも準備から手伝うなど疑似家族のような距離の近さに驚かざるをえない。今の時代、「子供のためにパーティーを開くんだけど手伝ってくれない?」と会社の同僚にお願いする人はどれほどいるのだろうか……?

作品を見て感じるのは池中一家は「父と娘たち」といった狭義の”家族”ではなく、近所や同僚も含めた広義の”家族”を形成しているという点だ。

なぜこのようなコミュニティが存在できたのか――京都大学名誉教授である広井良典氏の著書『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書)にそのヒントがみられる。

1980年代のコミュニティ

『コミュニティを問いなおす』はコミュニティを都市や空間、グローバリゼーションといった多様な観点から掘り下げる書籍であるが、著書の広井氏は戦後の日本社会は一言でいえば「農村から都市への人口大移動」であると説く。

これは、農村の人々が産業化する都市に仕事を求めて移動する人口のダイナミズムを意味し、都市に移った人々は新たに「カイシャ」「(核)家族」といった”都市の中のムラ社会”という閉鎖性の強いコミュニティを築いたと指摘する。

『池中玄太80キロ』で池中一家や会社の同僚、近所に住む大家さんがまるで大きな家族のようなコミュニティを形成していたのはまさに”都市の中のムラ社会”に当てはまる。

しかし、これが機能したのは『池中玄太80キロ』の放送が始まった1980年という時代性と密接な関係があるだろう。

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