昭和の時代、父親たちは驚くほど家事も育児もしなかったーー昭和の「疑似家族ドラマ」にZ世代が衝撃を受けたワケ

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一方で、妻がいないなかで家事はどのようにしていたか。料理や掃除なども一切やらないという訳ではないのだが、「炊事とかさ洗濯ばっかりやってたんじゃ娘たちの望むような父親にはなれねーかもしれないな」と語るように、家事は男性である自身の仕事ではないと捉え、他人任せになるようになる。

ただ、男性にとっての「家事<仕事」という価値観は玄太特有というわけではないようだ。例えば、玄太の上司にあたる楠英政(長門裕之)は家事をこなす玄太に対して「自慢にならねえんだよ男がそんなことやっても」と評するシーンがある。

また、休みの日には玄太が家族分の朝食を準備するシーンや、家で洗濯をしようとする玄太に対して、娘の絵理(杉田かおる)が「家では休んでてもらいたいの」と言って洗濯を交代するシーンもある。

これらの描写からは「男性は家事より仕事を優先すべし」というモーレツな価値観は男性の自己中心的なものではなく、むしろ社会の共通認識として確かに存在していたことがうかがえる。

また、母がいないこともあってか、長女の絵里は母のような振る舞いをするシーンも多い。セーラー服を着て登校する学生であるにもかかわらず、家ではエプロンをつけていて家事をこなす姿は、さながら母親のようだ。

絵里が準備した焼き鳥を前にした玄太が「鳥はもう絶対食べないって言ったでしょうが。そのくらい覚えておきなさい俺の娘だったら」と激怒するシーンは、「父ー娘」ではなく「父ー母」の関係性のようにも見える。

今年1月に放送された『探偵!ナイトスクープ』で取り上げられた少年が「ヤングケアラーなのでは?」と物議を醸したことが記憶に新しいが、絵里にも近しいものを感じざるをえない。

男性が仕事を優先し、女性は家事をしっかりこなすというイエのなかの固定観念が色濃く反映されているといえる。

なぜ家族は成立したのか?ムラ社会のコミュニティ

ここまで読んだ方の中には、「仕事に全身全霊の親しかいない池中一家はどうやって成立したのか?」と疑問を抱く方もいるだろう。

それは、今ではあまり考えられないコミュニティの強さにある。玄太の場合、主に会社と近所だ。

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