「日本の農民の方が西洋の商人よりも十倍も紳士的です」 朝ドラ「ばけばけ」念願の神戸転居でハーンが絶望した理由

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ところが、ハーンは神戸に来てまもなくして、2つの大きな壁にぶつかることになる。

神戸では親しい友達ができなかったハーン

一つは、自身の健康問題である。ハーンは少年の頃に左目の視力を失っていたが、右目のほうも失明の危機にあると、医者に聞かされる。

熊本の第五高等中学校に勤めていた頃には、家族が寝静まったあとに、執筆に打ち込むことも多かったという。

仕事はいったんストップしたほうがよい……医師からそう言われてしまったため、ハーンは神戸クロニクル社を退社。在職は4カ月ほどにとどまった。

もう一つが人間関係である。ハーンは神戸に行く前に、親しくしていた西田千太郎に「どんな欠点があろうと、私自身と同じ色の魂を持つ仲間の人種に再び帰らなければならない」とまで言っていた。

しかし、ハーンがいう「仲間」とは、日本文化の研究において先輩であるチェンバレンや、学校でともに働いた外国人教師のような、自分と同じような教養のある西洋人を想定していた。

しかし、神戸の居留地で多かったのは、商人と宣教師だった。商人はビジネスの話ばかりしているし、かたや宣教師は布教活動にやたらと熱心で、ハーンが望むような、知的な雰囲気は皆無だった。

「誠実な人間はわずかしかいません。サインの蒐集狂や小出版社の策士連中、日本の商業事情の情報を無償で手にいれたがる連中を私は通信相手とは考えていません」

気分転換にと、外を歩けば、煙をもくもく出す工場が立ち並ぶ。教会の煙突や玉突き場(ビリヤード)など、かつて西洋で観た風景の劣化版が広がっており、懐かしさよりも深い失望を覚えたという。西洋文化に心を奪われたのも、一時期のことのようだ。

チェンバレンに対しても、こんな手紙を書いて、不満をぶつけている。

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