かつてはロードサイドに輝く《巨大ネオン》が象徴だった売り上げ157億円チェーン…同じ屋号で運営する意外な理由
焼肉は、客がテーブルで肉を焼く。店が担うのは、肉の仕入れ、下処理、カット、提供までだ。火入れの最終工程を客に委ねる構造は、厨房オペレーションを比較的シンプルにする。
「焼肉は、お客さんが調理するじゃないですか。お肉を丁寧に提供すれば、あとはお客さんが焼く。調理スタッフが多く必要になりませんよね」
この構造は、店舗数を増やすうえで重要だった。寿司や洋食のように、熟練した職人が常に厨房に立つ必要がある業態は、人材確保と教育がボトルネックになる。店を増やせば増やすほど、職人の質を均一に保つことは難しくなる。
さらに、客単価の面でも優位性があった。焼肉は家族の外食、週末の食事、祝い事。客単価が高く、売り上げの柱になりやすい。加えて、郊外型ロードサイド店舗との相性もよかった。
広い駐車場を備えた立地で、家族が車で来店する。テーブル席を中心に構成され、滞在時間は長いが単価も高い。高度経済成長期以降、九州各地で進んだ車社会の拡大と歩調を合わせる形で、焼肉は展開を広げていった。
一方、うどんは客単価こそ低いものの、日常的な需要がある。特別な外食ではなく、生活の延長にある食事だ。昼夜を問わず利用され、回転も速い。福岡という土地柄もあって、うどんは安定した需要を持っていた。
「うどんは、安くて食べられる。日常食ですから」
加来さんはそう語る。中華や洋食のように、調理人の腕に依存する度合いが高い業態は、店ごとのばらつきも大きくなる。店を増やせば増やすほど、人材確保や教育の難度は上がる。
「中華も、元々は13〜14店ぐらいあったんですけど、今は4店。やっぱり技術がどうしても必要になる。どうしても属人化するというか」
結果として、味の街という実験場から、焼肉とうどんが外へ出ていく。併設型の店舗が増え、やがて単独店へと広がる。味の街が縮小し、多くの業態が姿を消していくなかで、2つの柱が残った。それが「焼肉ウエスト」と「うどんウエスト」だったのである。
「味の街」は今、どうなっているのか
では、その「味の街」はいま、どうなっているのか。
かつて九州のロードサイドにそびえ立っていた巨大ネオン。「ウエスト味の街」と描かれた電飾看板は、すでに姿を消した。本社近くの麦野店に残っていた最後の看板も、2023年4月に撤去されている。
子どものころ、父の運転する車の後部座席から、その看板を見上げた記憶がある。夜の国道に浮かび上がる「味の街」の文字は、ただの店舗表示ではなかった。そこへ行くこと自体が1つのイベントだった。どの店に入るか決まっていなくても、あの光を見るだけで胸が高鳴った。しかし、形としての“味の街”は、ほぼ消滅している。





















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