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「北海道のローカル線」もう見られない列車の記憶 国鉄時代末期に消えた多くの鉄路、今も続く廃線

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今は廃線となった路線も含め、多数の写真を撮影できたのは車の機動性のおかげだったが、それは同時に、ローカル線が自動車にとって代わられる運命をそのまま示してもいた。

オホーツク海をバックに興浜北線を走る列車=1983年6月(撮影:南正時)
歌志内線(1988年廃止)の終点、歌志内駅にたたずむ気動車。一時期は石炭輸送で全国有数の黒字路線になったこともあった(撮影:南正時)

思い出は尽きないが…

国鉄は1981年、「国鉄再建法」に基づき、赤字のローカル線を「特定地方交通線」に指定し、さらにその中で輸送密度が1000人/日未満の路線を第1次廃止対象路線に指定した。北海道の路線も多く含まれており、全国の特定地方交通線の中で、最初に廃線となったのが白糠線だった。

国鉄の「特定地方交通線」で最初に廃止された白糠線。終点の北進駅に停車する列車(撮影:南正時)
【写真をもっと見る】広大な風景を走る北海道のローカル線。貴重な現役時代の蒸気機関車や、キハ22形やキハ56形、そしてキハ40形などかつて北海道でおなじみだった気動車たちの国鉄時代の姿、そしてJR化後の近年の車両まで、北の大地を走る列車たち

筆者は83年10月22日の白糠線最終日と、翌23日のバス転換初日の様子を『鉄道ジャーナル』誌で取材した。だが、最終日は賑わってはいたものの、地元の人々も名残を惜しむというよりは普段乗っていないから最後に乗ろうといった雰囲気で、淡々とした印象を受けた。

それ以来多数の路線が姿を消し、北海道の鉄道路線図はすっかり寂しくなった。すでにメインルートを石勝線に譲り閑散区間だったとはいえ、かつては主要路線だった根室本線の富良野―新得間まで廃止される時代だ。近年はダイヤ改正のたびに駅の廃止も進む。

思い出は尽きない北海道のローカル線だが、これまで数多くの路線が消えていくのを見てきたうえでの感想を述べれば、もはや惜別の情を感じるよりも、廃線は仕方ないのだろうという心境になっているのが事実だ。

【写真を見る】「北海道のローカル線」もう見られない列車の記憶 国鉄時代末期に消えた多くの鉄路、今も続く廃線(65枚)
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