「北海道のローカル線」もう見られない列車の記憶 国鉄時代末期に消えた多くの鉄路、今も続く廃線

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思い出の多い北海道のローカル線撮影だが、取材としてノルマを抱えていると鉄道の限界を感じたのも事実だった。

SLを撮影していたころは、宿代を節約するために夜行列車に乗り、途中の駅で反対方向の夜行列車に乗り換える……といった方法を繰り返しながら、列車に乗って撮影に適したポイントを探して各地を回っていた。

日高本線 C11形207号機
日高本線の静内付近を走るC11形207号機が牽引する列車。現在は東武鉄道で「SL大樹」として活躍している機関車だ=1973年6月(撮影:南正時)
【写真】根室本線の厚床駅付近を走るC58形33号機。特徴的なデフレクター(除煙板)に「JNR」のマークを付けた変わり種の機関車だった

「鉄道取材」だが足は車に

だが、その後プロの写真家として雑誌などの依頼を受けて撮影するようになると、限られた日数の中で確実に押さえなくてはいけない列車や、季節ごとの風景がある。本数の少ない路線が多いだけに、列車で行って撮影することはほとんど不可能に近い。

天北線 急行天北
天北線(1989年廃止)を走る急行「天北」。同線の路線延長は148.9kmで、国鉄の特定地方交通線では最も長い路線だった(撮影:南正時)
深名線 朱鞠内駅
国鉄時代の深名線朱鞠内駅。同線はJR化後の1995年に廃止された(撮影:南正時)
【写真】国鉄末期の1986年に廃止された胆振線。緑に囲まれた小さな駅に気動車が発着する

当時の北海道のレンタカーは非常に料金が高かったが、車を使えば列車で行くのは困難なスポットもはしごできる。同じ列車を何度も追い抜いて撮影することもできた。実は、印象に残る路線として先に挙げた興浜北線も、灯台のカットを撮影したのは列車で取材したときではなく、車で回ったときだ。

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