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このほかにも、「幸福駅」が一時全国的なブームになった広尾線や、今では廃線跡のタウシュベツ川橋梁が一般にも知られるようになった士幌線、松前城をバックに走った松前線などさまざまな路線のありし日の姿が思い浮かぶ。まだ廃線の話がなかった70年代、SLの消えたあとの北海道のローカル線は、鉄道ファンの姿を見かけることはまれだった。
広尾線の幸福駅に停車する列車(撮影:南正時)
秋の士幌線糠平駅。2両編成の気動車が停車する(撮影:南正時)
松前城をバックに走る松前線の列車(撮影:南正時)
留萌本線が「連ドラ」の舞台になったきっかけ
そして、筆者が国鉄時代からJR化後まで何度も訪れたのは留萌本線だ。
実は、最初に同線を訪れたときは風景が目的ではなく、D51形を改造して誕生した少数派のSL、D61形が活躍していたからだった。だが、何度も通ううちにこの路線に魅せられ、そしてそれが縁を生むことになる。
留萌本線の増毛駅付近、日本海沿いを走るキハ54形単行の列車(撮影:南正時)
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【筆者が推薦した「NHK連ドラの舞台」】
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