「北海道のローカル線」もう見られない列車の記憶 国鉄時代末期に消えた多くの鉄路、今も続く廃線

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最初に感じたのは、とにかく風景が広々としていることだ。写真家の視点からいえば、雄大すぎて写真にまとめるのが難しいとも感じた。SLが消えた後は一時期足が遠ざかったが、その後全国のローカル線を取材する機会が増えると、北海道の各線には季節ごとの風景を撮影するため訪れるようになった。むしろ、気動車時代のほうが数多くの路線を撮影している。

名寄本線 9600形
名寄本線(1989年廃止)を走る9600形蒸気機関車牽引の貨物列車=1973年6月(撮影:南正時)

北海道の国鉄線は80年代以降、国鉄再建に伴う廃線対象の赤字路線「特定地方交通線」の中で全国初の廃止となった白糠線(白糠―北進間、33.1km)を皮切りに、多数の路線が消えた。その中には、雄大な風景を誇る路線も多かった。記憶に残る路線を挙げてみよう。

消えた絶景路線の数々

まずは興浜北線だ。同線は、これもJR初期に廃止になった天北線の浜頓別から北見枝幸までオホーツク海沿いに約30.4kmを結び、本来は興浜南線(興部―雄武間、約19.9km)とつながる予定だった路線だ。海岸にへばりつくように線路が続く車窓は素晴らしく、北見神威岬の目梨泊灯台を大きく回り込むように走る、神秘的ともいえる風景が心に残っている。

興浜北線
灯台を回り込むように北見神威岬を走った興浜北線(撮影:南正時)
【写真】「北見枝幸―浜頓別」興浜北線の車両のサボ(行き先表示板)。独特の文字が懐かしさを感じさせる

湧網線(中湧別―網走間、約89.8km)も、オホーツク海沿いやサロマ湖、網走湖などの沿岸を走る絶景路線だった。

湧網線
オホーツク海やサロマ湖沿いなどを走った湧網線(撮影:南正時)
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