「東武東上線では新しい駅」の駅長に聞く日常風景 ふじみ野とみずほ台は「比較的若手」、古参の鶴瀬

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「ふじみ野駅が開業して、もう30年以上になるんですね。私からすれば、つい最近の駅という感じなんですが(笑)。平成になる直前に区画整理が始まって。そのときは何にもなくて、夕陽がきれいに沈むのが見えました」(髙島駅長)

髙島駅長が入社したのは1989年。最初に配属されたのは、伊勢崎線のターミナル・浅草駅だった。

「浅草駅には10年ほどいまして、その大半で出札係をやっていました。いまの浅草は観光客が多い駅というイメージですが、当時は伊勢崎の館林までノンストップの特急があって、夕方には会社帰りの人たちにすごい勢いで売れるんです。300席が一気に売れる。窓口でそのきっぷを売っていました」(髙島駅長)

キャリアのスタートは浅草駅だったが、その後は東上線の経験が多い髙島駅長(撮影:鼠入昌史)

特急券を手売りしていた若手時代

いまでは特急券の購入はスマホでするのが当たり前になりつつある。が、平成初期は、もちろん駅の窓口で。そのため、とくに金曜日の夜などは、地下鉄銀座線の駅のほうまで長蛇の列ができたという。

「降りる駅は館林、足利、太田……。駅名コードが頭にはいっていて、どんどんさばいていく。お客さまと会話できる感じではないですね。次から次へと。隅田川の花火大会などでも浅草駅は混雑するんですが、そういうときはかえって楽だったんです。特急券はすぐに売り切れちゃうから(笑)」(髙島駅長)

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