「東武東上線では新しい駅」の駅長に聞く日常風景 ふじみ野とみずほ台は「比較的若手」、古参の鶴瀬
昭和の香りがまだ色濃かった時代を浅草駅で過ごした髙島駅長は、1999年に東武東上線の下赤塚駅に異動する。東上線と本線の間でほとんど人事交流がなかったその昔。そこから少しずつ交流がはじまった時期での異動だった。
葛飾区出身という髙島駅長だが、実は高校時代に東上線とはちょっとした縁があったという。
「都内の高校だったのですが、野球部で東上線沿いの高校と練習試合をすることが多かったんです。だからよく東上線には乗っていました。坂戸とかにも行っていて、まだ駅も何もなかったふじみ野も通っていたんですよね(笑)」(髙島駅長)
浅草駅で10年揉まれ東上線へ
その後、東武鉄道に入社して10年間浅草駅で揉まれ、東上線へ。下赤塚駅はターミナルの浅草駅とはまったく違う駅だった。
「夏休みとかお正月とか、通勤の人がいないから駅もちょっと静かになるんです。逆に浅草はかき入れ時ですから。ただ、地下鉄の駅が近くにあるので、地下鉄に向かって歩く人で踏切が危ない。浅草とはだいぶ違った経験ができました」(髙島駅長)
その後の髙島駅長は、半年ばかりの川越車掌区を経て霞ケ関駅や池袋駅、川越市駅など一貫して東上線を中心に勤務。川越市駅では東日本大震災を経験した。





















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