「明るい廃墟」と言われていたのに今や人、人、人…「ピエリ守山」の逆転劇から考える、ショッピングモール飽和時代に「復活できる施設」の特徴
前編では、滋賀県守山市にある「ピエリ守山」が、かつては「明るい廃墟」と呼ばれながらも、今ではすっかり復活し、賑わいを取り戻している現状についてレポートした。
ピエリ守山が誕生したのは2008年のこと。折しも2008年にはリーマンショックが発生し、その煽りを受けて運営会社であった大和システムが経営破綻。そこに加えて、ピエリ守山の開業を受けて近隣に多くの商業施設が乱立。それらに客足をさらわれたこともあって、だんだんとピエリ守山は衰退していった。その結果、衰退の最盛期(?)では、約200あるテナントのうち、3店舗しか営業をしていなかったというから驚きだ。
さらに、ピエリ守山が衰退の背景には、競合施設が多かったことも挙げられる。琵琶湖の南側にはイオンモール草津があり、さらにその近くにはフォレオ大津一里山がある。特にイオンモール草津は約7万8000㎡の店舗面積があって、ピエリ守山よりも2万㎡ほど面積が広い。
この競争環境で、なぜピエリ守山は復活できたのか……現地を巡ってみると、琵琶湖南部地域のそれぞれのショッピングモールで「役割分担」がなされていることがわかった。
「ハレの日」需要のイオンモール草津
まず紹介するのは、ピエリの「最大の敵」といっても差し支えない「イオンモール草津」だ。ピエリからは18kmほど南下したところにあり、車では25分ほどの距離にある。




















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