JR蒲田駅の発車メロディーは「松竹キネマ蒲田撮影所」の所歌である「蒲田行進曲」が使われている。大正9年(1920年)から昭和11年(36年)まで、ここには「松竹キネマ蒲田撮影所」があった。周辺には銀幕のスターが多く住み、「流行は蒲田の街から生まれる」と言われたほどだ。
撮影所の跡地は、「区民ホール・アプリコ(大田区蒲田5-37-3)」が建っており、昭和61年(86年)に制作された映画『キネマの天地』で使用された松竹橋の親柱が残されている。
アクセスは格段によくなるけれど
変化を続ける蒲田だが、野澤さんは今後の街の姿にも注目していきたいと語る。
「JR蒲田駅と京急蒲田駅は直線で800mほどなのですが、将来的にこれが地下鉄蒲蒲線(正式名称:新空港線)でつながることになるんです。そうなると東急東横線や東京メトロ副都心線などとの直通運転が可能になる。例えば、池袋から羽田空港まで一気に行けるみたいなイメージですね」(野澤さん)
現在でも京急蒲田から羽田空港までは乗り換えなしで8分ほどだ。これがJRにつながれば、アクセスは格段によくなる。ただし、手放しで喜べないこともあると、野澤さんは言う。
「JR蒲田から京急蒲田までのこの800mをひとが歩くからこそ、街は賑やかだとも言えます。これが地下鉄でつながると、鉄道利用者にとっては便利ですが、街で商売をしているひとたちにとっては、ひょっとしたらマイナスになるかもしれない。まだまだ蒲田の変化からは目が離せません」(野澤さん)
野澤さんの事務所は、京急蒲田駅前から延びる「京急蒲田商店街あすと」というアーケード街にある。野澤さんは「この商店街はバブル直前である昭和の終わりころの懐かしい日本の空気が残っていて味わい深い」と語る。
結局のところ、蒲田は整いすぎていないからこそ面白い街なのだろう。便利さと雑多さと人の匂い。その全部が同時に存在しているから、蒲田は飽きない。駅周りにちょっと怪しげな飲み屋街があるのに、少し歩けば静かな住宅街にたどり着く。そのギャップがたまらない。蒲田は仕事も遊びも食も交通も、全部が手の届く距離にある、住むとちょっといい街だ。
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