「漫画を描かずに死ねない」→仕事辞め、30代半ばで"漫画家に転身"…10歳で物語に絶望した彼女が、「ノスタルジックな漫画」を描くに至るまで
そこから成長していくにつれ、いろいろな言葉と出会い、体験を重ね、外に出す方法を少しずつ知っていく。それによって、自分のなかの閉鎖感が和らいでいきました。
なので、当時実際に感じていたことは、言葉にできない“何か”すべてです。子どもの頃のそれを大人の自分が思い起こして、言葉や絵に変換できたものの一部が漫画として出てきている、という解釈です。
ーー『棕櫚の木の下で』を描いたことによる、気づきや変化を教えてください。
いろいろなエピソードを描いていると、ソテツやかりんちゃん、彼女のお父さんの思考や感情をより掘り下げて考えるようになり、当時の答え合わせみたいなことが起きて、そこからの気づきもありました。
いまは私も親の立場で描いているので、自分が子どもの頃にはわからなかった親の気持ちを慮ったりもします。本作を描かなければ、そこまで時間をかけて深く考えたりはしなかったことばかり。
私自身にとって、とてもいい経験になりました。ここで得たことは、次の創作につながっていくと思います。
中国語を勉強している…その狙いは?
ーー漫画家としての目標を教えてください。
描きたいことがたくさんあります。健康第一で、できるだけたくさん作品を描き切って死にたいです。
そうやって描いた作品がいろいろな言語に翻訳されて、世界中の人に読んでもらいたい。まったく違う文化の人がこの物語を読んだら、どう感じるんだろうってすごく興味があります。
いま中国語を勉強しているんですけど、まずは台湾での出版に向けて、繁体字に訳した作品を現地の漫画イベントに持っていったりしています。自分の漫画で異国の言語が学べることも楽しいです(笑)。
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