「ベルリンの壁」崩壊の1989年、高市早苗を政治家へと導いたのはワシントンでの"1本の電話"だった

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今から37年前、「政治家・高市早苗」を誕生に導いた1本の電話とは(写真:mk/PIXTA)
田中角栄流に言うならば、政治家・高市早苗には「天の運」があったことになる――。先日の総選挙で自民党を圧勝に導いた高市総理をそう評する報道写真家の山本皓一氏は、37年前に取材で滞在中のワシントンで受けた、まだ政治家になる前の高市氏からの電話がとても印象的だったと言います。
それから3年半後、政治家としてのキャリアをスタートさせることになった高市氏が、山本氏に語っていた「ある決意」とはどんなものだったのでしょうか。別冊宝島編集部の『高市早苗 その人生と名言』から一部を抜粋・編集する形でお届けします。

「ベルリンの壁」が崩壊した1989年

高市早苗さんと初めて会った日のことはよく覚えている。

フリーランスのカメラマンである私が、政治評論家の早坂茂三氏(故人)とともにアメリカのワシントンを訪れたのは「ベルリンの壁」が崩壊した翌月、1989年12月のことである。

田中角栄元首相の秘書を長らく務めた早坂氏と、80年代に角栄氏の写真集を上梓した私は旧知の間柄で、訪米の目的はホワイトハウスの取材だった。

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