「10年前は坪149万だった」大阪のタワマンが4倍に爆騰。汐留の失敗に学んだ"グラングリーン大阪"の超贅沢な空間活用
これだけの一等地であれば、所狭しとビルやマンションを建て、高い賃料を取ったり、億ションで売り出したりする方が儲かるはずだ。しかしあえてそれをしていない。
あまりにも贅沢な都心の使い方に、「これが大阪か」と思った。
開発にあたって大阪出身の建築家、安藤忠雄氏による「都市に緑を取り戻す」という意見が色濃反映されたらしい。公園内には、安藤氏が好きなサミュエル・ウルマンの「青春」の詩と、安藤氏の〈いつまでも輝きを失わない、永遠の青春へ〉などという言葉が記されたオブジェがあった。
汐留との違いはどこに?
かつて同じようにJRの貨物駅と操車場があり、その廃止によって生まれた広大な敷地が東京にもあった。1872年、日本最初の鉄道の起点駅として造られた初代新橋駅があった汐留だ。31万平方メートルという巨大な敷地の再開発は、「汐留シオサイト」と呼ばれ、銀座や築地に近いこともあり鳴物入りで始まった。
13棟の高層オフィスビルが建ち並び、電通、ANAホールディングス、日本テレビ、資生堂など日本を代表する企業が入居した。だが現在、街を歩くとどうも無機質な景観が続いて味気なく、エリア一帯に元気がない。
ウィークデイはこれらの企業に勤務する人々が数千人単位で行き交うが、週末ともなれば閑古鳥が鳴いている。汐留は、不動産の世界では再開発の失敗例として語られることが多い。
グラングリーン大阪は、その真逆だった。金を生まない緑が半分近くを占めていた。その分、憩いの場として休日も人が集まってくる。都市の新しいあり方だと思った。強烈な意志と旗振り役がいなければこうはならない。大阪を思う人々の執念と愛情を感じざるを得なかった。
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