1998年に日産自動車とフランスのルノーとの提携交渉が始まり、私は交渉担当となった。10月か11月、極秘裏に来日したカルロス・ゴーン氏に初めて会った。すごい迫力で、「この人が社長になったら日産は助かるかもしれない」と直感した。
日産は彼をリーダーとして非常によくまとまった。バラバラだった組織が1つになった。そして、いわゆる「ゴーンショック」として知られるように、調達先を絞って購買コスト20%低減を断行。「やればできる」という実感を現場に与えた。
強く印象に残っているのは、日産が保有していた富士重工業株について「倒産寸前まで行ったのに何でこんな株があるのか」と売却させたこと。さらに系列を解体し、約700社あった関係会社の株も「4社を残して全部売れ」と。

