『休養学』でも紹介されていますが、アスリートたちは激しいトレーニングのあとに必ず一定の休養を取ることでパフォーマンスを上げています。
前回のトレーニングの疲れが、回復しきっていないのに再びトレーニングをすると、パフォーマンスが低い地点から再スタートすることになります。これを繰り返すと、どんどんパフォーマンスが落ちてしまいます。「オーバートレーニング症候群」と呼ばれる悪循環です。また、疲労がたまるとバーンアウトになりやすいこともわかっています。
学校はどうでしょうか。少なくない学校が、受験に向けた勉強や部活動、学校行事の詰め込みなどで、オーバートレーニングを子どもたちに課しているのではないでしょうか。「子どもをヒマにさせるな」と言わんばかりに。そして、自分たち教職員も、疲れ果てているので、やさしくなれません。
次の引用箇所も、教職員や教育行政職員に、とってもよく当てはまるのでは、と思います。
とりわけ学校では、がんばったことが子どもたちの姿として返ってきますから、ついつい無理をしがち。疲労をマスキングしやすい仕事です。「子どもと向き合う時間の確保のため」という認識ややり方では、使命感を助長するばかりで、疲労はいつまでもとれません。
疲れたら休むという当たり前のことができる社会へ
片野氏が提案するのが“疲れているのが当たり前の社会”を“疲れたら休むという当たり前のことができる社会”へ変えること。
「高熱なので休みます」とか「インフルなので休みます」とは言えるのに、「疲れがたまってきているので休みます」とは言いにくい。子どもも大人も。この社会転換の必要性、私もとても共感しました。





















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