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静岡・長野の空白地埋める「国鉄新線」なぜ幻に? 「暴れ天竜」に架設された長く狭い人道橋の謎

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ただ、1956年には当時世界で10番目の高さ(155m)を誇った佐久間ダムが完成。その後も1958年に秋葉ダム、1977年に船明ダムが完成し、ダムの建設資材を運ぶという整備目的の1つを事実上失っていた。

天竜川の船明ダム湖。佐久間線より先に完成した(筆者撮影)

それ以外の旅客や貨物の輸送にしても、単に人口が少ない過疎地帯というだけでなくダム建設にあわせて関連道路の整備が進み、鉄道整備の必然性は低下していた。それでも工事はしばらく続けられた。

しかし、国鉄の経営悪化に伴い1980年には国鉄再建法が公布。旅客輸送密度が4000人未満のローカル線は廃止してバス転換するか、第三セクターなど国鉄以外の事業者に引き継がせることになった。

トンネルや橋脚は完成状態で「凍結」

既存のローカル線を廃止しながらローカル新線を建設するのは意味がない。ここに至ってようやく計画が見直されることになり、旅客輸送密度が1400人(1979年度の想定)とされた佐久間線の工事は1980年に凍結。
一時は第三セクター化による工事再開も検討されたが黒字転換は困難と結論づけられ、1988年6月には地元の期成同盟会も解散した。

工事の最終的な進捗率は1985年3月31日時点の記録上、遠江二俣―遠江横山間で用地が66%、路盤が60%。軌道工事は未着手だった。完成した築堤やトンネルは放置状態になり、天竜川の橋梁も橋脚のみ完成した状態で残された。

谷間に隠れるようにして口を開けている佐久間線・相津―遠江横山間の谷山トンネル。1980年9月の完成直後に工事が凍結された(筆者撮影)
【写真】1980年9月に竣工したことを示す谷山トンネルの銘板

工事区間は天竜市(現在の浜松市天竜区)に収まっていたため、完成した施設を同市が無償で譲り受けて活用することに。ただ単線規格のため、自動車が通る道路にそのまま転用するのは難しい。そのうえ、船明ダム湖に整備された第1天竜川橋梁と第2天竜川橋梁の橋脚は、放置すれば治水上の重大な問題を引き起こしかねない。第1天竜川橋梁は1996年、船明ダムの放流期間にあわせて一気に撤去された。

【写真を見る】静岡・長野の空白地埋める「国鉄新線」なぜ幻に? 「暴れ天竜」に架設された長く狭い人道橋の謎(30枚)

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