米・ドーピング公認大会「エンハンスド・ゲームズ」はアスリートを破壊に導く《人体実験》でしかない――五輪銀メダリストと医師が語る"怖さ"
この事件は、スポーツ界におけるドーピングの危険性を広く知らしめるきっかけとなり、翌1968年からツール・ド・フランスやオリンピックなどでのドーピング検査導入へとつながった。
1980年代後半から1990年代初頭にかけて、エリスロポエチンの使用がプロの自転車競技選手の間で広まり、複数の選手が心臓発作などで突然死する事例が報告された。1991年5月19日に『ニューヨーク・タイムズ』は、1987~1991年の間に少なくとも18人のヨーロッパのプロ自転車選手が、エリスロポエチンと関連した理由で死亡していると報じている。
エリスロポエチンを注射すると、赤血球が増え、血液の粘稠度(ねんちゅうど)が高まる。その結果、血管が詰まって心筋梗塞や脳梗塞を発症、あるいは死亡する。だが、因果関係を明確に証明できないため、死亡者数は過小評価の可能性が高い。
アナボリックステロイドは、心筋肥大や不整脈、心不全などの心血管障害、肝機能障害、性機能低下、精神不安定(攻撃性・うつ)などを引き起こす。長期使用で依存症や突然死のリスクも高まる。
ドーピング薬剤が原因で妻子を殺害
特に精神面への影響は深刻だ。
2022年6月にニューヨーク大学の研究チームが、『サイエンティフィック・リポーツ』に発表した研究によれば、18〜47歳の男性ボディビルダー492人を調査したところ、アナボリックステロイドの使用者(154人)は、使用していない人(338人)と比べて、サイコパス特性(共感や罪悪感が乏しく、冷淡で自己中心的な性格傾向)を示すリスクが2.5倍、違法薬物使用リスクが3.1倍、性的問題行動リスクが1.8倍に高まると報告されている。
2007年、カナダ出身のプロレスラー、クリス・ベノワが妻子を殺害後に自殺した。死後の検査で体内から高濃度のアナボリックステロイドが検出され、ステロイド誘発性のサイコパス特性と診断された。
かくのごとく、ドーピングはさまざまな健康被害を生じる。アスリートの健康を守るため、ドーピングを規制することは医学的に見ても真っ当だ。ただ、ドーピングはなくならない。
直近でいうと、2024年のパリオリンピックでは、国際検査機関(ITA)が6130件の検体を収集し、4770回の検査を実施した。その結果、全選手の約39%にあたる4150人が検査対象となり、大会中に5件、大会前6カ月間に40件超のドーピング違反が確認されている。
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