「静かに暮らしたい」地元が猛反対も…。奈良《築130年の醤油蔵》がリノベ宿に生まれ変わるまで。”脱サラ18代目”が甦らせた祖父の味と場
2015年、地元自治会の総会に出席して、泊まれる醤油蔵について説明する機会を得た。ところが、集落の人々から「せっかく静かに暮らしているのに、辞めてくれ」と反対され、木村さん自身の思いを何一つ語ることができないまま総会は終わってしまった。
翌年、総会で説明する機会を得たが、司会から木村さんの名前が呼ばれた瞬間に「いい加減にしろ!」、「去年に決してる話と違うんか」との声が起こった。
「集落の景観を次世代に残したい。マルト醤油の復興がその一歩になると思ってチャレンジしたい」と訴えたものの、「自分がそうしたいだけちゃうか」と、ヤジはおさまらなかった。そんな中、これまでずっと黙っていた人が話しだした。
「『集落のことを思って挑戦しようとしているのを応援してやるのが年長者の務めではないか』とおっしゃいました。このひと言にヤジを飛ばしていた人たちも沈黙し、場は静まり返りました。1年後の総会までに国や県、町からの支援を取りつけて、より具体的な事業計画を提出することを約束して総会は終わりました」(木村さん)
宿泊客に好評の朝参り
木村さんは約束した通り、国と県、町からそれぞれ支援を取りつけた。さらに奈良県が主催の全国から集まった254の個性豊かなビジネスプランの頂点を決める「ビジコン奈良2017 決勝大会」でまほろば部門 部門賞に輝いた。これからの奈良が寺社仏閣だけではなく、その地にある生業や風習なども観光コンテンツになるという希望を持てたことが評価されたのである。その反響は大きく、それまで融資に対して後ろ向きだった銀行に話を聞いてもらえるようになったのだ。
地域のコミュニティは濃密ゆえに面倒くさい。その反面、意見が一致して一筋の光を見出したときに強い力を発揮する。木村さんにとっては3回目となる自治会の総会はこれまでと雰囲気がガラリと変わっていた。集落の人々はお客様をお迎えする場合どのような課題があるかを真剣に話し合った。
一方、木村さんはコンセプトに掲げた“泊まれる醤油蔵”だけでは観光において“点”、つまり、客はマルト醤油にだけ足を運んで帰ってしまうことを危惧していた。“点”ではなく“面”にすべく、日本最古の神社である大神神社の妃神が祀られている近くの、村屋神社に協力を仰いだ。
そして実現したのが宿泊客の朝参りである。筆者も泊まった翌朝に体験させてもらった。この田原本の地で、いや、この国で連綿と続く歴史の原点に触れたような気がした。朝参りをしたからこそ、この後の明日香村での観光もとても有意義なものになった。

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