「負け犬」から22年、酒井順子氏語る「子の無い人生」 令和は「負け犬」にとって生きやすい社会なのか

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保育園の数も足りず、育児は女性の役割とされた当時、「髪を振り乱してがんばらない限りは、働きながら産み育てられない。そんな母親たちを見ても、うらやましいと思えなかったので、産みたくないという結論になってしまいました」と明かす。

しかし時代は大きく変わった。「うちの前に保育園があるのですが、男性が送迎するのも当たり前です。父親にも当然のように子育てへの参加意識があって、家事や子育てができない人はあまりモテないのではないか。保育園が増えて無痛分娩もできる……かといって子どもは増えないですが」。

自分自身は「産まなくてよかった」

4半世紀の時が過ぎ、同世代が産み育てた子どもたちは立派な大人に成長し、「がんばって産み育ててよかったね」と言える状態になっている。しかし、「妊娠したら産むだろうし、産まなかったら産まないでそのまま行くだろう、と思っていました」と振り返る酒井氏自身は、「産まなくてよかった」と言う。

「大人になって『あのときお母さんにこういうことを言われて、すごく傷ついた』など言われても、取り返しはつかない。何より、生物のお世話が本当に向いていない」、と育てる難しさを挙げる。

「去年から、仏壇の花を造花にしたんですよ。毎日水を取り替えるのも苦手だったので、本当にストレスがなくなりました。生物を育てるのは皿回しみたいなもの。常に皿を回し続けていないといけないのが向いていないんだと思います」

「産む」・「産まない」のどちらもありと思っているが、酒井氏は「子育ては、お金を稼ぐための仕事とは一線を画していると思います。お母さんをやっている人は、やっぱり優しい。でも、子どもがいなくても優しい人はたくさんいるし、『子育てで得た何かをもう忘れてしまったのでは?』と感じる人もいる。けれど、『自分の書いた本が子どものようなものです』とは言えないですね」と語る。

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