三后をすべて娘で占め、絶頂極める
1018年10月16日。藤原道長は、三女・藤原威子の立后(後一条天皇に入内)の日に「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の欠けたることもなしと思へば」との有名な歌を詠みます。
道長が三后(皇后・皇太后・太皇太后)をすべて自分の娘で占めるというまさに栄華を極めた時期でした。
しかし、華々しい生活の裏で、またもや道長に危機が忍び寄っていました。それは、これまでにも度々、道長を苦しめてきた病です。しかも、今回は発熱や怪我ではなく、目が見えにくくなるという症状でした。
先に紹介した歌を詠んだ翌日には、すでに他人の顔がよく見えないという状況だったのです。
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