管理職任せはNG「マネジメントの民主化」の中身 組織・人材育成の課題に、気鋭の専門家が提言
人材育成には「持論はあっても理論はない」
経営層や管理職、人事を対象とした東洋経済ブランドスタジオの調査(※)によると、人材マネジメントに関してとくに課題を感じている項目のトップは「計画的な人材育成」であった。具体的にどんな部分に課題があるのか。
人材育成や組織開発の専門家である坂井風太氏は、日本企業のマネジメントには大きく2つの問題点があると指摘する。
「1つ目は『持論はあっても理論はない』ことです。多くの企業ではマネジメントが属人化しており、個人の経験則から導き出された持論に頼りがちです。これは、体系的な学術理論に基づいたマネジメント手法を持っていないマネジャーが多いから。持論の枠を超えた一貫性、客観性のあるアプローチが不足しているのが実態です。
こうした問題点に気づかないまま、誤った対策を取ってしまう企業も多いです。例えば、米国や欧州で注目されているマネジメント理論を、安易に自社に持ち込むケースがよくありますが、それでは形骸化し、表面的な取り組みに終わりがちです。
理論を機能させるには、ただ自社に持ち込むのではなく、現場で活用できる形に落とし込むことが必要です。リーダーには、自社に合わせて柔軟に解釈し、実践知として活用する力が求められます。
2つ目は、一部のマネジャー層にマネジメントの責任が集中している点です。例えばマネジャー向けの『1on1研修』『コーチング研修』などは、マネジャーだけがマネジメントを担う前提で行われています。
結果、マネジャーに過剰な負担がかかって疲弊してしまったり、現場のパフォーマンスが低下してしまったりと、各所に悪影響が出ることも少なくありません。マネジメントの責任を組織全体で分担し、各メンバーが日々の業務の中で主体的に関わる体制が必要です」
計画的な人材育成は、マネジャー個人のスキルアップだけで達成されるわけではない。経営層から現場まで、組織全体の協力体制を築き、育成の目的や方向性を共有する必要がある。
※出所:東洋経済ブランドスタジオ「組織・人材育成課題に関する調査」(調査期間:2023年2月26日~3月5日)
組織が“傭兵化”する時代、全員で支える意識が必要
これらの問題を解決する手段として、坂井氏は「マネジメントの民主化モデル」を提唱している。これは、組織内のマネジメントを特定のマネジャーだけに任せるのではなく、組織全体で共有し、実践するアプローチを指す。
具体的には、マネジャーと人事、そしてメンバーの三者が共通のマネジメント理論を理解し、連携して実践する。これによりマネジャーの負担を軽減し、組織全体で一貫性のあるマネジメントを実現するという考え方だ。
「『マネジメントの民主化モデル』が必要とされる背景には、日本的な雇用慣行や家族的経営が失われつつある現状があります。
昔は新卒入社から定年まで1つの企業で働くのが一般的だったため、自然と後進の育成や職場の雰囲気づくりが行われ、組織の横糸が紡がれていました。いわゆる家族的経営の下で、個々のメンバーが相互支援や協力関係によってつながり合う構造です。
しかし、今は転職が当たり前の時代。プロジェクトごとにメンバーが流動する職場も珍しくありません。そうした環境では相互支援や協力関係が失われがちで、組織が『傭兵の集団』のようになります。チームワークを生み、強固にするためのハードルが上がっているといえるでしょう。
こうした環境から、マネジメントの責任を特定の管理職に集中させるのではなく、メンバー全員がマネジメントの一端を担い、職場を支え合う『マネジメントの民主化モデル』が求められています。
具体的な手段としては、日々のタスクマネジメントやピープルマネジメントの一端をメンバー全員が担う体制づくりが挙げられます」
つながりを再構築しようと、ミッション・ビジョン・バリューを刷新したり、エンゲージメントサーベイを実施したりする経営者は多い。しかし、坂井氏は懐疑的だ。
「ミッション・ビジョン・バリューの刷新が空中戦だとしたら、マネジメントの民主化モデルをつくるのは地上戦です。空中の戦略をきれいに描くだけではなく、現場に効果をもたらす地上戦の取り組みを重んじる姿勢が重要です。
タスクマネジメントやピープルマネジメントを自分事化するためには、誰か一人が孤軍奮闘するのではなく、互いに支え合いながら業務に当たる文化を築くことが不可欠です。
そのためには評価基準の見直しも効果的です。例えば個人の目標達成だけでなく、他部門との協力や組織全体への影響力も評価の対象とし、部門間の協力やサポートを高く評価するのが一手です。こうして協力体制を強化することで、部門間の支援が評価される文化が醸成されていきます」
全員が共に協力するための「チームワークマネジメント」
では、組織が目標達成のために一体となり、戦略的な成果を生むにはどうしたらいいのか。
「例えば、Backlogのようなプロジェクト・タスク管理ツールで業務を可視化し、メンバー同士が助け合える環境を整えるのが有効です。マネジャーが無駄なタスク管理に時間を取られず、戦略づくりに集中できます。メンバーも、自分が誰かに助けてもらった経験があれば、職場に対する愛着が湧きます。
組織文化の向上に、助け合う文化は不可欠です。こうした小さな体験がベースになって、組織への貢献意欲が生まれるものです。メンバーの自律や自走を目指す職場もありますが、それが自己責任論を助長し、孤立を招いてしまうと逆効果だと思います。相互支援の可能性と相反しない自律性を育む必要があるといえます」
こうした事態に陥らないためにも、組織内でメンバーが効率的かつ協力的に働ける環境を整えることが重要だ。プロジェクト・タスク管理ツール「Backlog」の提供元であるヌーラボは、チーム全体としての目標達成やパフォーマンス向上を目指す管理手法「チームワークマネジメント」を提唱する。
このチームワークマネジメントは、明確な目標設定と、役割分担、リーダーシップの3要素を軸とする。柔軟なチームをつくるための前提になるもので、その本質は、坂井氏が主張する「マネジメントの民主化モデル」と類似している。
経営層がチームワークマネジメントを支援するために、どのようなことに取り組むべきか。坂井氏は3つの柱として、「戦略マネジメント」「情報マネジメント」「ピープルマネジメント」を挙げる。
「戦略マネジメントでは、組織全体の目標を明確に示し、メンバーがどのように貢献できるかを具体的に伝えることが大切です。情報マネジメントでは、透明性のある情報共有を進め、デジタルを活用して効率的な情報共有を支援します。ピープルマネジメントでは、次世代リーダーの育成や個々の成長をサポートし、コミュニケーションを促進して組織の一体感を高めます。
こうした取り組みにより、経営層が主体的にチームワークの基盤を整え、組織全体が共に成長する環境を築くことが可能となります。組織が強固になり持続的に成長するためには、チームワークマネジメントを通じて『一人で戦うのではなく、互いに支え合い、利他には利他で返す』という文化を築くことが欠かせないと思います」
経営層が率先してこの文化の基盤を築くことで、組織全体に一体感が生まれ、それが競争力の源となり、持続的な成長へとつながるだろう。