〈みずほ〉執行役「育業はチームマネジメント」 「金融機関の男性は休みづらい」は本当か?
男性の6割が「1カ月以上の育業」を希望
金融機関に勤める男性は育業しづらい——。そう思っている人は少なくないのではないだろうか。しかし、産業別で見ると、金融業・保険業における男性の育業取得率は37.28%と最も高い※2。みずほフィナンシャルグループ 執行役グループCPO兼グループCCuOの秋田夏実氏は次のように語る。
「金融機関は『休みが取りづらい』というイメージが根強くあります。従業員アンケートでも、育業に対して『業務が多忙』『育業しづらい職場の雰囲気』『評価への影響懸念』などが挙げられました。一方で、決まったことはしっかりと守るという文化が業界に共通してあるので、高い数字になっているのではないでしょうか」
ただ、金融業界の男性の育業取得日数は、全体的に短い傾向がある。同社は出産の前後で取得できる配偶者出産休暇と育業を合わせた取得日数の平均が7.6日で、有給休暇と併用する人も多いという。
「残念ながら、10日間を超えて育業している従業員は9%にとどまっていますので、まずは育業と配偶者出産休暇で10日間の取得率100%を達成するのが目標です」
一方で、1カ月以上育業する従業員も増えており、2020年は5人だったのが、22年には32人になった。その中に管理職がいたことで、育業しやすい雰囲気も生まれてきたという。
「従業員アンケートで、男性社員の8割が『育業したい』と回答していて、『1カ月以上育業したい』という声も6割に達しました。私の前職の外資系IT企業では、経営層の男性が3カ月ほど育業していましたが、それが特別なことではなくスタンダードになってきているということを実感しています。実際、新卒の採用面接で、男子学生から『育児と仕事は両立できるのか』といった質問を受けることもあります」
育業が、従業員の潜在能力を引き出す好機に?
ただ、業務の遂行という観点では、「1カ月以上も休むなんて考えられない」という意見もあるだろう。人手不足に悩まされている企業ならなおさらだ。しかし、秋田氏は「その発想はあまりにも近視眼的だ」と指摘する。
「育児の負担が女性に偏りがちな現状を踏まえると、男性の育業推進は女性活躍の後押しにもつながります。ダイバーシティーの観点からも、介護や病気など、いろいろな事情を抱えている人が自分らしく働けるよう支援する環境を整える必要がありますし、そのような環境が整った企業が選ばれる時代になっているのではないでしょうか。
また、属人的になっている仕事は、ほかの人が担うことでよりよい働き方や業務プロセスが改善されるきっかけにもなります。リーダー層が育業した場合は、自動的に権限委譲が行われますので、委ねられた人が成長するきっかけになります。つまり、潜在能力を引き出すストレッチアサインメントの好機というわけです」
育児で学んだことは仕事にも生かせるという。
「私自身もこれまで、家族や周囲の人たち、行政にサポートしてもらいながら3人の子どもを育ててきました。いろいろな人を巻き込み、協力を得ながら、子育てという“事業”を進めていくのは、チームマネジメントに通じます。
また、子育てはピープルマネジメントにも通ずるところがあると思うんです。自分の子どもですら理解するのが難しいわけで、きちんと話を聞き、受け止めていかなくてはなりません。
そして、何より視野が広がります。子どもを抱っこしながらの買い物やベビーカーでの電車移動だけでも、ビジネスパーソンとしての日常では見えないものが見えてきます」
公共の場で子どもが急にぐずりだしたときの周囲の反応や、ベビーカーでの移動でバリアフリーの現状を体感することは、多様性の理解にもつながるだろう。育業中だからこそ得られる学びやウェルビーイングがあるということだ。
「お子さんと一緒に過ごす喜びの時間を支えるということも含め、よりよい体験を提供することは、従業員本人だけでなく家族全員の幸福になっていくと思います。育業の促進をきっかけに、そうしたアプローチを続けていくことが、これからの企業には求められるのではないでしょうか」
制度の整備よりもマインドセットの変容が重要
一人ひとりが「休み」ではなく「大切な仕事」として育業できるよう、同社はプレパパセミナーや各種両立支援のほか、周辺のサポートを促す管理職向けの研修など、意識改革の強化にも取り組んでいるという。
「周囲のマインドセットを変えていくことが大切なので、出産のお祝いメールは子どもが生まれた本人だけでなく、その上司にも送っています。また、育業した社員の経験を共有するため、座談会や紹介冊子でロールモデルケースとして育業体験を語ってもらっているほか、社内SNSでも育業について積極的な情報交換が行われています。
自分にとって有益な体験は人に語りたくなるものですが、社内SNSや座談会に限らず、自らの経験を周囲へ積極的に語る姿が見られます。周囲に感謝したい、視野が広がって初めて理解できた喜びを伝えたいという思いがあるんでしょうね」
制度を整えるだけでは何も変わらない。企業は、誰がどんな困り事を持ち、どんなサポートを必要としているのかに耳を傾け続け、前例にとらわれずフレキシブルに手を打っていく。周囲に支えられながら育業を経験した従業員たちが温かい対話を展開する。その積み重ねによって、笑顔の連鎖が広がっていく。人も、組織も、社会も同時に育んでいく育業の可能性は、まだまだ計り知れないものがあるのではないだろうか。