男性の「育業」を一変させた森永乳業の決断 企業平均を大幅に上回る「男性の育業取得率」
D&I(ダイバーシティー&インクルージョン)の観点から、育児と仕事の両立や介護、女性活躍、障がい者の雇用など、従業員の働き方に関する取り組みを推進する企業は少なくない。森永乳業もその1つだ。
同社は、2022年に策定した「サステナビリティ中長期計画2030」において、「30年度までに男性の育業取得率100%達成」を目標に掲げるなど、とりわけ「育児」に関する取り組みに積極的だ。結果、日本企業における男性の育業取得率の平均が2割程度なのに対し、同社は22年度、90.5%に達した。
だが、5年前までは10%台だったという。何が、同社を変えたのか。
育業取得率を上げる「経済的な保障」以外のこと
きっかけは、産後パパ育休(出生時育児休業)制度だった。
産後パパ育休とは、政府が22年10月に導入した育児休業制度で、子の出生後8週間以内に最大28日間の休業を取得できる制度だ。休業中は、出生時育児休業給付金として国から給与の約67%が支給される。森永乳業は、これに合わせて産後パパ育休を「100%有給」として導入したのだ。
同社コーポレート戦略本部 人財部 D&I推進チーム マネージャーの荒木久宜氏は次のように話す。
「この制度によって、給与を100%受け取りながら、賞与の算出根拠となる勤務日数にも影響しない形で育業できるようになりました。もともと、女性の産前産後の出産休暇は100%有給でしたので、男性もそれと同等にしたというわけです」
育業中の給与は、企業が100%負担するという思い切った施策だ。同社では、制度を導入して以降、現在までの男性の育業取得率は100%となり、その多くが最大の28日間育業しているという。
やはり育業取得率を上げるには、経済的な保障が重要ということなのだろうか。
「確かに、給与が育業取得率を押し上げる一因になっているとは思いますが、それだけではありません。むしろ、それ以上に大きかったのが、育業しやすい雰囲気が生まれたことです。制度の導入が、いわば『男性社員にも本当に育業をしてほしい』という会社の意思表示となり、より育業しやすい空気が醸成されたのだと考えています」
「育業しやすい風土」のベースになるもの
同社が「育業しやすい風土」を醸成するために行ったのは、これだけではない。
例えば、管理職に対してダイバーシティーマネジメント研修を実施。研修を通して、アンコンシャスバイアス(無意識の思い込みや偏見)の払拭や、ケーススタディーを通した育業への理解度の向上を目指し、D&Iや教育機会の拡充を推し進めているという。
「育業取得率が上がらない大きな要因の1つに、育業することで周りに迷惑がかかってしまうのではといった空気感があります。会社全体で育業に対する理解度を高め、当事者意識を持ってもらうことで、『ゆっくり子育てに励んで、帰ってきたときにその経験を仕事に生かしてね』と快く育業に送り出せる。それが『育業しやすい風土』のベースになっています」
一方、子が生まれる従業員に対しては、上司が面談を実施して関連制度の説明などを行う。復職時にも面談を行い、仕事に対する不安を払拭するよう努めるとともに、専門の講師や子育てを経験した先輩従業員による「子育てサポートセミナー」を実施し、育児と仕事を両立させるためのナレッジを伝えている。
「育業推進」と「企業価値の向上」の関係とは?
同社はなぜ、こうした施策に注力するのか。
「われわれは、育児用ミルクなどの育児に関わる商品を多数取り扱っていますので、従業員の育業による経験・知見が仕事に生かされると考えています。また、育業をする人が増えることで、働く環境をよりよいものにしようと考える人が多くなります。それによって、業務効率や属人化の改善が図れます。
同時に、外国人や障がいをお持ちの方をはじめ、多様な人財が活躍する環境づくりも促進されます。つまり、各従業員がその能力を十分に発揮できる職場になれば、生産性や企業価値はいっそう高まります。実際、育業を入り口に、D&Iに対して当事者意識を持って向き合う空気が社内で流れ始めているのをひしひしと感じています。
このように、育業を推進することで、『企業価値の向上』がさまざまな形でもたらされます。それが、われわれの育業支援の根源にある考え方です」
育業取得率を高めるには、企業の風土を変える必要がある。言い換えれば、風土が変わって育業する人が増えれば、企業の風土はよりよいものとなる。そして、結果的に生産性の向上や事業成長といった形で、企業に還元される。こうした好循環が、企業が育業促進の取り組みで目指すべき、1つのモデルケースではないだろうか。