古河電工「牛のふん尿からLPガス」構想の背景 電通のBX支援で新事業構想を加速
新事業創出に向けて、新しいモノサシの探索へ
――古河電工は、2019年5月「古河電工グループ ビジョン2030」(以下、ビジョン2030)を発表し、30年までに目指すべき事業分野の方向性を示されました。「ビジョン2030」の実現に向けて、コア技術を活用した新事業創出が急務だったそうですね。
福嶋 「ビジョン2030」で掲げた目標の1つ「安全・安心・快適な生活を実現する」を達成するために、私のミッションである新事業創出で貢献したいと考えました。古河電工は「メタル」「ポリマー」「フォトニクス」「高周波」の4つの技術を「コア技術」と呼び、絶え間ない技術革新により社会インフラを支える製品を開発するBtoBビジネスを基本としてきました。しかし、「ビジョン2030」の目標設定を契機に、テクノロジーオリエンテッドではなく、マーケットインの発想で顧客や消費者のニーズを分析しようという機運が高まり、従来とは異なる新機軸が必要になりました。
当時、私は新領域育成部の課長として、自治体や地域で暮らす住民の方など、普段あまり接点のない方々の話を聞かせていただきました。そこで聞いたさまざまな声や情報をもとに、「安全・安心・快適な生活を実現する」ために、どのような新事業を創出するべきなのか仮説を立てながら試行錯誤を繰り返していました。
――新事業創出に向けて、どのようなリソースが必要だと感じられましたか?
福嶋 われわれとは異なるモノサシで仮説を検証し、ブレークスルーを後押ししてくれる外部パートナーです。当時、技術のシーズは数多くあることがわかりましたが、一方で新事業にどう結実させるべきか決めかねており、停滞感を抱いていました。そんなときに会社の先輩から「新事業を検討するのであれば、普段話さないような人、かつ一緒に仕事をした結果を想像できない人と組んでみてはどうか」という話をされたんです。確かに、われわれのモノサシだけでは、見落としてしまうものがあるでしょうし、想像の域を超えた何かを見つけ出すことには限界があると実感していたところでした。
――その外部パートナーとして電通を選ばれたそうですが、理由を教えてください。
福嶋 当社とは違う発想や判断基準、文化などを持っていると感じたからです。さまざまな企業に話を聞きにいく活動をしていた一環で、電通にも話を聞くことになりました。当時は、電通にBXに関するケイパビリティーがあることを、正確に把握していたわけではありませんでした。
ただ、最初に接点を持った研究職の方と電通本社のカフェで30分ほど会話したときに、私の技術視点の説明に対し、斬新な視点と発想で切り返してくださったんです。そのときの会話のキャッチボールがとても気持ちよかったのを覚えています。それからスモールスタートで支援を依頼するようになりました。
電通のユニークネスが新事業創出の突破口に
――電通はマーケティングやコミュニケーション領域で培ってきた知見を活用し、新事業創出を目指す企業のパートナーとして事業モデル変革を支援されています。古河電工には、どのようなBX支援を展開されたのでしょうか。
庭野 ビジネスモデルの策定や資金調達にも関わらせていただきましたが、メインは初期構想段階でのサポートです。古河電工様が持つ多種多様な製造開発技術と、電通がグループ4社で共同作成している未来予測ツール「未来曼荼羅」を掛け合わせることで、未来の世界における技術の活用可能性として事業構想を可視化する支援です。具体的には3カ月のワークショッププログラムを実施しました。古河電工様の複数部署から選抜いただいたタスクフォース20名、北海道大学の教授陣、そして電通のメンバーという産学連携での取り組みとなり、電通はそのオペレーションや中身のプランの設計、プロジェクト全体を通じたファシリテーションを担当しました。
電通のBX支援の独自性の1つに「創発的なファシリテーション」があります。新事業の構想段階においては何を(What)するのか?だけでなく、どのように(How)するのか、さらにはなぜ(Why)するのか、まで視点を広げ、それらをシンプルかつ構造的に規定することが重要です。さらには、構想後の実装段階での推進力を生むためにも、チームとしてその規定に「心の底から腹落ちし、自信をもっている」とした状態にたどり着きたい。そのため私たちは、クライアント様の想いやアイデアを引き出し、議論の抽象度と具体度の双方をマネージしながら、プロジェクトを創発的に推進するファシリテーションを重要視しています。
古河電工様のワークショップでは、まず、参加者全員で既存の技術情報をすべてインストールするところから始めました。そこに私たちの未来予測ツールを掛け合わせ、付箋紙にアイデアを記してもらうなどの方法で、プロジェクトを発散させていきました。このように具体的な発散ができたら、一旦抽象化フェイズに入っていきます。アイデアが収束していく共通点をまとめて大きな構想として可視化します。本件では、その上でミッションステートメントまで導き出しました。
こうしたプログラムには、電通の「多種多様な情報を引き出し、構造的に整理したうえで、15秒のCMとして導出する」という広告で培った抽象化と具現化のノウハウを活用しています。シンプルに伝わるものに収束させていく方法論はビジネスの領域にも生かせるのではないか?と考えています。
――福嶋さんは古河電工サイドでプロジェクトをマネージするお立場であったと伺っています。電通のBX支援について、どのような部分にユニークネスや新鮮さを感じましたか?
福嶋 やはりファシリテーションです。進行が上手な方はたくさんいると思いますが、細かい情報を抽象化してまとめる技術がすばらしいと感じました。例えば、「未来のインフラ」をテーマにしたときに、当社のメンバーが「エネルギーを運搬して消費するまでのプロセスに無駄があるので古河電工の技術で改善したい」というアイデアを出した際、電通サイドでそのアイデアを整理して、「本質的に実現したいことは小さな需要に対して小さなエネルギーを届けて、無駄がない社会の仕組みをつくることでは」と的確にまとめていただきました。ここまでわかりやすく、かつ腹落ちする内容に整理してもらったことがなかったので、とても印象に残っています。
また、未来予測の情報に関しても、年に一度の頻度で更新しているとのことで、しっかりとした方針を持って社会のトレンドを追いかけていないとできないことなので、凄みを感じました。
「未知×未知」の挑戦が古河電工の新機軸を支える
――電通のBX支援の効果について教えてください。
福嶋 ワークショップにおいて、電通に新事業構想をシンプルに伝わる言葉にまとめていただいたことで、社内での新事業構想・開発が加速し、「牛のふん尿を触媒技術(ラムネ触媒)で、グリーンなLPガスを作る事業」(以下、グリーンLPガス事業)の構想についても社会実装に向けた考え方が整理されました。当社の触媒技術を応用することで、牛のふん尿から得られる二酸化炭素とメタンから貯蔵・輸送しやすいLPガスを創出し、一般家庭や酪農場などの産業の現場でエネルギーとして活用できるようになります。
電通の支援を受ける前から、牛のふん尿をエネルギーに生まれ変わらせることは、間違いなく価値があり、事業として成立するだろうという自信はありました。しかし、事業化を進める上で必要なミッションステートメントが明確ではありませんでした。その漠然とした課題感に対し、電通とのプロジェクトを通して「地域で活用しきれていない未利用の資源を、その場でエネルギーや活用可能な資源に変えることで、地域にも新しい社会基盤や活力をもたらす」というミッションステートメントを設定できたことは、大きな成果だったと思います。
昨今、再生可能エネルギーへのシフトが急ピッチで進められていますが、今後どのような変化があったとしても、変わらずに快適な生活を送れるような社会基盤を準備したいと思っています。グリーンLPガス事業も、未来の人にとっての当たり前にしたいと考え、実証を進めているところです。
庭野 電通は、クライアント様にとってのIGP (Integrated Growth Partner)でありたいと考えています。IGPとは、複雑化・高度化する企業課題から本質的な要素を発見し、事業成長の道筋を共に開拓していくパートナー像のことです。中でもBXを担当するわれわれは、「未知×未知」をテーマに掲げています。クライアント様にとってもわれわれにとっても経験したことがなく、見たことがない世界にダイブする。そんな全く新しいチャレンジが求められている時代。時には失敗すらも糧にして、昨日とは異なる世界を見つけ出していくことで成長が促進されるのだと考えています。
福嶋 「未知×未知」は、私が先輩からアドバイスを受けた内容と重なります。電通のBX支援が、グリーンLPガス事業のベースキャンプ(出発点)の1つになったことは間違いありません。意思決定に迷ったときに立ち戻るベースキャンプがあることは有益だと思います。グリーンLPガス事業はいよいよ社会実装に向けて動き出していますが、これまで以上にステークホルダーの方々との共創が必要です。プレゼンテーションなどの場面で、われわれのやろうとしていることや目指す世界をわかりやすくかみ砕く必要が出てきたら、その時は、またご一緒させていただきたいです。