製造業の改革「頑張ってもできない」ジレンマ構造 「組織の壁」が生み出す悪循環を打破するには
※2 ISIDビジネスコンサルティングは、2024年1月1日に電通国際情報サービスに統合し、社名も電通総研へと変更予定。
なぜ自社が持つ本来の価値を見落とすのか
――内閣府が発表している経済活動別GDPを見ると、近年の製造業は伸び悩んでいます。多数の現場をご覧になっているお2人は、どのような状況にあると感じていらっしゃいますか。
石澤 我々はものづくり戦略という専門チームでさまざまなクライアントの改革支援に携わっていますが、その中で日々感じるのは「ワクワク感」の低下です。私自身、前職のメーカーで感じていましたが、何かをしようとするとき、投資対効果を先に考える傾向が強くなっていると思います。もちろんビジネスですから投資対効果は大切ですが、数字が目的化してしまっていることで、「失敗したくない」「マイナスを出したくない」という意識が先に立ってしまいがちです。結果、本来ものづくりはワクワクするはずなのに、どこか現場には閉塞感が漂っています。
辻 新しいことに挑戦できる環境、意思を尊重してくれる環境があることが現場のやる気を引き出し結果的に数字がついてくると思います。例えばDXにおいては、現場の部門レベルだとそんな言葉が出てくる前から取り組んでいるんですよね。生産性向上も業務効率化も目いっぱいやっているんです。そうでなければ、伸び悩んでいるとはいえ、世界でここまで戦えていません。そこまで頑張っているのに、経営層から「DXを加速させたい。どんなことができる?」と言われるわけです。
多くの企業は現場レベルで改善を繰り返しているので、単独部門で大きな効果が出せる要素はあまり残されておらず、何とかできることをひねり出して、投資対効果が出ないのに、見栄えのよい先進的な技術に飛びつき導入しているケースが散見されます。そもそも、何の目的で導入しようとしているのか、課題は何かが置いてきぼりになっていると感じています。
――なぜそんな状況に陥ってしまっているのでしょうか。
石澤 我々がよく目の当たりにする問題は「組織の壁」です。部門間の連携が取れておらず、サイロ化していることの弊害は大きいと思います。設計と生技、営業と工場、IT部門と事業部門などさまざまな部門間のコミュニケーション不足を感じることがあります。
辻 規模が大きくなるにつれて業務の幅が広がり組織が細分化されていくのが一般的です。そうなると一人ひとりの見えている範囲が狭くなりコミュニケーションルートが複雑になるためコミュニケーションエラーが発生しやすくなるのは自然の流れです。市場のニーズに直接触れている営業の感覚が商品開発や生産管理に伝わらない、クレームや問い合せを聞いている品質部門の想いが次の製品開発に反映されないなど、挙げたら枚挙にいとまがありません。
――価値を創出している業務プロセスの連鎖であるバリューチェーンの分析ができていないのですね。
辻 はい。製造業の場合、商品開発・設計・生産準備などのプロセスを管理する「エンジニアリングチェーンマネジメント(ECM)」、営業・購買・生産管理・製造・物流などのプロセスを管理する「サプライチェーンマネジメント(SCM)」、品質管理・設備保全・マーケティング・アフターサービスまで複雑な工程があります。これらすべてをつなげて価値の連鎖を生み出していくのがバリューチェーンの考え方ですが、各工程をまたぐところ、つまり「組織の壁」が生まれやすいところに問題がたくさん落ちているんです。
あえて1人でバリューチェーンを見る理由
――とりわけ大手製造業は部門がかなり細分化されています。コンサルティングファームは、それに合わせて細分化した体制で支援するのが一般的ですが、isidbcもそのようにしているのでしょうか。
石澤 いいえ、isidbcは逆に細分化せず、各コンサルタントがバリューチェーン全体を横断的に見て、課題解決の支援を行うのが特徴です。「組織の壁」を取っ払うには、あらゆる部門の機能と置かれている立場を知り、全体のバランスを取る必要があると考えているからです。
辻 細分化した体制を取ると、生産管理や物流など、バリューチェーンの領域ごとのエキスパートが生まれ、それぞれの課題に対して、その人に相談がいくようになります。領域のエキスパートはほかの領域を経験している余裕がなくなり、逆にほかのメンバーが該当領域を経験する機会も減ってしまいます。
やはり、製造業のクライアントを本当に支えるには、すべての機能を知らなければならないと思うのです。「リードタイムを短くしたい」「営業利益を上げたい」「LTV(顧客生涯価値)向上のため新サービスを立ち上げたい」などさまざまなお題をいただきますが、それらをどう実現しようかと考えたら、組織をまたいだ検討が必要になってくることがほとんどです。
――「組織の壁」を取っ払うため、具体的にはどのような支援をされているのですか。
石澤 各部門の生の声を聞いていくわけですが、事前調査によりバリューチェーン全体の流れを描き起こして、どこに問題がありそうか仮説を立てておきます。「物と情報の流れ」や「業務の流れ」を網羅的に整理するテンプレートを持っていますのでプロジェクト開始早々から、複数部門が1枚の絵を見て全体感を意識して会話や問題点を出してくれるようになります。
辻 この困りごとがかなりの数に上るんです。領域の規模にもよりますが500個以上、クレンジングをかけても200個は残ります。同じ問題なのに、部門によって違って見えていることは珍しくありません。これらのヒアリング内容や問題をプロジェクトに参画している個々のコンサルタントがクライアントの異なる立場の意見に共感し理解できることが大切だと思っています。一つひとつの問題をひもといて、適切な課題設定を行うことが重要です。
想定されていた5分の1の投資で改革案を提示
――それだけの問題点が出てくるほど、「組織の壁」はやはり大きいのですね。支援の成功事例をぜひお聞かせください。
石澤 「組織の壁」をなくした取り組みとしてご紹介したいのは、10種類の製品をつくっていた企業の事例です。その企業では、製品特性がそれぞれ異なることから、製品ごとに営業部門を設置していました。しかし同じ顧客に営業した情報が共有されていないなど、非効率な業務が散見されていたため、組織を統合して業務フローも見直すことになったのです。
ヒアリングの結果、出てきた問題点は1000を超えましたが、共通にできる部分と非共通の部分を一つひとつ切り分けることで、業務平準化を実現することができました。
辻 「生産効率の高い最新鋭の工場を建てたい」という経営層からの要望に対し、複数ある既存工場の問題を整理していったところ、工場間の工程の融通や部門間の連携不足が大きく全体の生産性を落としていることがわかりました。そこで、各組織に与えられているミッションなどの構造的な問題の解消や問題連鎖のクリティカルポイントの解消を行ったところ、新たな工場を建てることなく既存工場の生産効率を上げることで将来の生産量に対応できることが見えてきました。クライアントが当初予定していた5分の1の投資額で実行できる構想が描けたのです。
――バリューチェーンを横断的に見るからこそ、付加価値を創出できるということがよくわかります。なぜ、このような広範囲のプロジェクトを実施できているのでしょうか。
辻 isidbcは規模の小さな会社ですが、ISID(電通国際情報サービス)グループの一員であるので、顧客基盤が非常にしっかりしているんです。とくに、設計や生産技術といったものづくりのコアな部分を支援していることを多くの顧客に評価いただいており、本当にさまざまなご相談をいただける環境にあります。
加えて、電通グループと連携していることで、商品/サービス企画やマーケティング向けに開催するようなアイデア発想系のワークショップを開催できるのも強みです。
――大量生産・大量消費の時代が終わり、製造業も顧客からいかに選ばれるかが問われていますから、そうした幅広いサポートは非常に魅力的だと感じます。普段意識されていることや今後の抱負をお聞かせください。
辻 とくにものづくりのコアである技術部門はユーザーや社会とのつながりが薄い傾向があり、改革の目的を見失いがちです。そこで、技術部門の方々になじみの薄いユーザー視点を取り入れた「アイデア発想ワークショップ」を開催したことがあります。クライアントに合わせて柔軟な提案を行うよう心がけています。
私たちの本質的な役割は、構造的な問題点を明らかにして改革への第一歩をご支援することにあると思っています。そして、クライアントが自走する決断をしてくれたときが最高の喜びです。
石澤 製造業で働いている人の「ワクワク感」を増やしてより楽しく仕事ができる環境づくりの支援がしたいです。そして、再び日本の製造業が世界をリードできるようになってほしいです。
辻 まったく同感です。働く方々の幸せ、そしてつくり出す製品やサービスにより人々の暮らしを豊かにすることは製造業に共通する想いだと思います。これは、生活者の多様な幸せが持続する社会を創造する電通グループの理念とも通じています。isidbcものづくり戦略チームはそんな製造業の頼りになる存在であるために、同じ志を持ったメンバーと日々進化していきたいと思います。